田中求 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)特定拠点教授、金子真 大阪大学教授、新井史人 名古屋大学センター長らの研究グループは、ハイデルベルグ大学物理化学研究所と共同で、ヒト赤血球細胞への変形負荷の時間を精密制御することで、細胞内部の細胞骨格が負荷に応じて再構成する新たな時間スケールを発見しました。変形負荷を制御し計測する手法を確立したことで、敗血症(細菌が血液中に感染することに起因する重篤な全身性炎症)因子など血液疾患による細胞応答の異常化を力学的に診断できる可能性を示しました。
本研究成果は、2017年2月24日に英国の科学誌「Scientific Reports」に掲載されました。
研究者からのコメント
本研究成果により、赤血球細胞の変形能を担う細胞骨格の再構成メカニズムと、健康な血液循環を維持している生命原理・機構の一端が明らかになりました。今後は、敗血症や水腎症、マラリアなどといった血液の関係するさまざまな病気で見られる赤血球の変形能異常を、高速かつ定量的に検出できる新しい力学的診断法に応用が期待されます。
本研究成果のポイント
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マイクロ流路の中で細胞を超高速・超精密に操作し、ヒト赤血球の細胞変形能を担う細胞骨格が緩和する新たな時定数(注目している現象に特徴的な時間スケール)を発見。敗血症による細胞変形能の異常との関わりも明らかに
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これまでマイクロ流路内での自由な細胞操作は難しく、細胞の変形時間に対する応答を網羅的に調べることは不可能であったが、ロボットポンプを活用して変形負荷の制御と変形の高速計測を実現
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細胞骨格再構築の基礎学理への理解が深まったとともに、血液疾患の迅速な物理学的診断が可能に
概要
赤血球は毛細血管や臓器の中で無数の変形を繰り返しながら全身を巡ります。これまでに、毛細血管を模したマイクロ流路を用いてその変形能を評価する試みは数多くありましたが、微小な流路トンネルの内部で赤血球への変形負荷強度を制御し、毛細血管内での負荷を精密にモデル化することは、技術的に難しい課題でした。
そこで本研究グループは、独自開発のロボットポンプをマイクロ流路と組み合わせ、マイクロ流路の中での超高速・超精密な細胞操作を可能にしました。その結果、これまでアプローチが難しかった時間スケールで細胞が可塑的に変形能を変えていること、また敗血症を引き起こす毒素の影響が細胞の変形応答から検出可能であることを発見しました。これにより、新たな時間スケールの細胞動作原理が明らかになっただけでなく、血液の関わる病気の「力学的診断法」の確立に向けた新展開が期待されます。
図:ロボットポンプを接続したマイクロ流路
高速カメラと高速アクチュエータが連動し、流路内を流れる赤血球を操作する。流路中に設けた狭窄部内に細胞を任意の時間とどめることで毛細血管内でのストレスを正確にモデル化できる。
詳しい研究内容について
書誌情報
【DOI】 http://doi.org/10.1038/srep43134
【KURENAIアクセスURL】 http://hdl.handle.net/2433/218417
Hiroaki Ito, Ryo Murakami, Shinya Sakuma, Chia-Hung Dylan Tsai, Thomas Gutsmann, Klaus Brandenburg, Johannes M. B. Pöschl, Fumihito Arai, Makoto Kaneko & Motomu Tanaka. (2017). Mechanical diagnosis of human erythrocytes by ultra-high speed manipulation unraveled critical time window for global cytoskeletal remodeling. Scientific Reports, 7:43134.