北尻真一郎 医学研究科研究員、上山健彦 神戸大学准教授らの研究グループは、遺伝性感音難聴(内耳から聴覚中枢(脳)に至る部位の病変により起こる聴覚障害)の原因遺伝子変異を同定し、難聴患者の病態を再現した遺伝子操作マウスの作製に成功しました。
本研究成果は、2016年10月5日午後7時に、欧州分子生物学機構(EMBO)の科学誌「EMBO Molecular Medicine」にオンライン掲載されました。
研究者からのコメント
内耳は、音振動を電気信号に変換する器官です。この音で振動し、これを感知する聴毛(不動毛)は音を感じる上で鍵となる構造で、これを形成する細胞骨格はアクチンです。アクチンは細胞質の頂面側にも非常に発達しており、感覚細胞(有毛細胞)の構造や機能に重要な機能をはたします。
本研究成果のポイント
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多くの疑問が存在した常染色体優性遺伝性感音難聴1型(DFNA1)の原因遺伝子変異を同定
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DIA1によるアクチン骨格制御の内耳機能への関与を証明
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難聴患者の病態を再現した遺伝子操作モデルマウスの作製に成功
概要
遺伝性感音難聴患者の出生率は1~2人/1000出産で、同じ新生児スクリーニングが導入されている先天性甲状腺機能低下症の1人/3000~5000出産と比べても、非常に高頻度な遺伝性疾患です。また、後天性感音難聴として有名な老人性難聴で苦しむ人々は、高齢者(65歳以上)の25~40%と見積もられ、約1000~1500万人存在しています。それにも関わらず、内耳が微細で巧妙な感覚器であり、生体外での研究の困難さも加わって、現状では難聴に対して有効な根本的治療が存在していません。また、遺伝性感音難聴の形式の一つである「常染色体優性遺伝性感音難聴1型(DFNA1)」は、1997年にその原因遺伝子変異の存在は示唆されていましたが、その普遍性や症状には多くの疑問点が呈されていました。
そこで本研究グループは、本邦の原因不明の難聴患者1120例を対象に、次世代シークエンサー(従来型とは異なる原理を用いることで、飛躍的に処理能力が伸びた塩基配列決定機器)を用いたエキソーム解析(全ゲノムのうち、RNAに転写されるエキソン配列のみを網羅的に解析する手法)を行いました。
その結果、本研究グループは、聴毛や内耳有毛細胞の形成・維持に重要な働きをする直鎖状アクチン繊維の伸長に関与する分子DIA1(DIAPH1)の遺伝子内に、2家系で現在までに報告のない遺伝子の変異を発見しました。また、この変異によって生じるDIA1の変異体蛋白質が、刺激のない状態でもアクチン繊維を伸長させてしまう活性化型変異体であることを、生化学的、分子生物学的、1分子解析手法などを駆使して証明しました。
さらに、このDIA1変異蛋白質を発現するよう遺伝子操作したマウスを作製し、このモデルマウスが「若くして高音域から始まり、加齢につれて難聴が進行し、最終的には全音域に及ぶ進行性難聴を呈する」という、遺伝性感音難聴の患者の病態を再現することを確認しました。
図:難聴患者病態を再現する遺伝子操作マウス(TG)の聴毛の電子顕微鏡像
遺伝子操作マウス(TG)では、有毛細胞の頂側に存在する聴毛は、長いもの(矢印)、短いもの(黄矢頭)、基部が癒合したもの(赤矢頭)等、種々の形態異常を呈する。これはDIA1によるアクチン骨格制御が聴毛の形態を保つ上で必要であることを示している。
cont:コントロール、正常マウス
詳しい研究内容について
書誌情報
【DOI】
http://dx.doi.org/10.15252/emmm.201606609
【KURENAIアクセスURL】
http://hdl.handle.net/2433/216929
Takehiko Ueyama, Yuzuru Ninoyu, Shin-ya Nishio, Takushi Miyoshi, Hiroko Torii, Koji Nishimura, Kazuma Sugahara, Hideaki Sakata, Dean Thumkeo, Hirofumi Sakaguchi, Naoki Watanabe, Shin-ichi Usami, Naoaki Saito & Shin-ichiro Kitajiri. (2016). Constitutive activation of DIA1 (DIAPH1) via C-terminal truncation causes human sensorineural hearing loss. EMBO Molecular Medicine, e201606609.
- 京都新聞(10月6日 23面)、産経新聞(10月6日 28面)、日本経済新聞(10月9日 30面)および毎日新聞(10月12日 27面)に掲載されました。