松田文彦 医学研究科教授らの研究グループは国立がん研究センター、理化学研究所、愛知県がんセンター、秋田大学、大阪大学、群馬大学、滋賀医科大学、東京大学、神奈川県立がんセンターなどと共同で、日本人の肺腺がんの約半数を占め、非喫煙者や女性、若年者にも多いEGFR遺伝子変異陽性肺腺がんについて、罹りやすさを決める遺伝子領域を発見しました。
本研究成果は2016年8月9日に国際学術誌「Nature Communications」に発表されました。
研究者からのコメント
日本人を含むアジア人に多いEGFR変異陽性肺腺がんの罹りやすさには、喫煙等の環境要因に加えて複数の遺伝因子が関係することが知られていますが、今回の研究では、新たに免疫応答や炎症に関わるHLA遺伝子群ががんの罹りやすさと強く関連することが明らかになりました。これは、発がんの過程に免疫系や組織の炎症が強く関与していることを裏付けており、同定された遺伝子群を用いたEGFR変異陽性肺腺がんに罹りやすい人(高危険群)の予測に加えて、免疫や炎症の分子レベルでの理解を切り口にした発がん機構の解明にもつながることが期待される重要な発見だと考えています。
本研究成果のポイント
- 六つの遺伝子領域の個人差が、EGFR遺伝子変異陽性の肺腺がんの罹りやすさを決めていることを明らかにした。
- 六つの遺伝子領域の中には、免疫反応の個人差の原因となるHLAクラス II 遺伝子領域が含まれており、免疫反応の個人差がEGFR変異陽性肺腺がんへの罹りやすさを決めている可能性が示唆された。
- 肺腺がんの罹りやすさに遺伝要因(遺伝子の個人差)が関係することが明らかになったことから、今後、EGFR変異陽性肺腺がんに罹りやすい人を予測し、早期発見することができる可能性がある。
概要
肺がんはがん死因の一位であり、日本では年間に約7万人、全世界では約135万人の死をもたらす難治がんです。その肺がんの中でも最も発症頻度が高く、増加傾向にあるのが肺腺がんです。肺腺がんは、肺がんの危険因子である喫煙との関連が比較的弱く(相対危険度は約2倍)、約半数は非喫煙者での発症です。喫煙以外の危険因子が特定されていないことから、罹患危険群の把握や発症予防は容易ではありません。そのため、喫煙以外の危険因子の同定とそれに基づく罹患危険度の診断法が求められており、国立がん研究センターや理化学研究所、東京大学医科学研究所はこれまでに日本人の肺腺がんのリスク遺伝子を同定してきました。
肺腺がんの発症には、人種差があることも知られており、非喫煙者における発症頻度が欧米人よりもアジア人で高いことが報告されています。また、生じた肺がんにおけるEGFR(上皮増殖因子受容体)遺伝子変異の頻度が欧米人の約10%に対し、日本人では約50%と非常に高いことから、アジア人に特有の危険要因が存在することが示唆されています。
そこで、本研究では、EGFR遺伝子変異陽性の肺腺がんの患者さん約3千人と、がんに罹患していない人約1万5千人について、ヒトゲノム全域にわたる約70万個の遺伝子多型(遺伝子の個人差)を比較解析し検討を行いました。
その結果、肺腺がんのなかでも日本人に多いEGFR変異陽性肺腺がんについて、罹りやすさを決める遺伝子領域を明らかにしました。また、そのなかには、免疫を司る遺伝子領域が二つ含まれ、EGFR遺伝子に変異を起こした細胞に対する免疫反応の個人差が罹りやすさを決めている可能性が示唆されました。
ある遺伝子の多型を持たない場合に対して、多型を一つ持つ場合のリスクを倍率(オッズ比±95%信頼区間)で示す。人は父、母由来の二つの遺伝子を受け継ぐため、両方が危険型の人の場合、オッズ比の2乗の危険度となる。例えば、TERT遺伝子の多型の危険型をひとつ持つと1.4倍、ふたつ持つと2.0倍(1.4 2 =1.96)EGFR変異陽性肺腺がんに罹りやすくなると推定される。
詳しい研究内容について
書誌情報
【DOI】
http://dx.doi.org/10.1038/ncomms12451
【KURENAIアクセスURL】
http://hdl.handle.net/2433/216381
Kouya Shiraishi, Yukinori Okada, Atsushi Takahashi, Yoichiro Kamatani, Yukihide Momozawa, Kyota Ashikawa, Hideo Kunitoh, Shingo Matsumoto, Atsushi Takano, Kimihiro Shimizu, Akiteru Goto, Koji Tsuta, Shun-ichi Watanabe, Yuichiro Ohe, Yukio Watanabe, Yasushi Goto, Hiroshi Nokihara, Koh Furuta, Akihiko Yoshida, Koichi Goto, Tomoyuki Hishida, Masahiro Tsuboi, Katsuya Tsuchihara, Yohei Miyagi, Haruhiko Nakayama, Tomoyuki Yokose, Kazumi Tanaka, Toshiteru Nagashima, Yoichi Ohtaki, Daichi Maeda, Kazuhiro Imai, Yoshihiro Minamiya, Hiromi Sakamoto, Akira Saito, Yoko Shimada, Kuniko Sunami, Motonobu Saito, Johji Inazawa, Yusuke Nakamura, Teruhiko Yoshida, Jun Yokota, Fumihiko Matsuda, Keitaro Matsuo, Yataro Daigo, Michiaki Kubo & Takashi Kohno. (2016). Association of variations in HLA class II and other loci with susceptibility to EGFR-mutated lung adenocarcinoma. Nature Communications, 7: 12451.