ヒトiPS細胞のエピジェネティクス状態が血液細胞への分化能の指標となる

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西澤正俊 iPS細胞研究所(CiRA=サイラ)研究員、高折晃史 医学研究科教授、吉田善紀 CiRA准教授らの研究グループは、35のヒトiPS細胞株、四つの胚性幹細胞(ES細胞)株を用いて、それぞれの株の血液細胞へのなりやすさについて、細胞内の遺伝子発現、遺伝子発現が制御される要因となるDNAのメチル化状態、染色体の状態を指標の解析を通じて、細胞のもつ分化能の分子的な機構を明らかにしました。

本研究成果は2016年7月29日午前1時に米科学誌「Cell Stem Cell」で公開されました。

研究者からのコメント

左から西澤研究員、高折教授、吉田准教授

本研究によって、多能性幹細胞株から造血細胞への分化能のばらつきに、これら二つの要因が関係していることが明らかになりました。これにより、体細胞からiPS細胞への初期化のメカニズムの解明に役立つと同時に、医療応用に向けて、適したiPS細胞株を得るための指標になることが期待されます。

本研究成果のポイント

  • ヒトiPS細胞やES細胞の発生の初期に働く遺伝子であるIGF2の発現量が多いほど、造血前駆細胞への初期分化能が高い。
  • IGF2の発現は、IGF2領域の染色体構造がゆるむと高くなる。
  • 血液細胞への成熟能は、初期化の際のDNAメチル化に影響を受ける。

概要

iPS細胞は、様々な細胞へと分化することのできる多能性を持っているため、再生医療や創薬、病態解明への応用が期待されています。しかし、iPS細胞株ごとの分化能を詳細に調べてみると、特定の細胞へのなりやすさに差がみられます。

その原因はいくつか考えられますが、一つ目は、体細胞の時のDNAメチル化状態が初期化後も残っていることにあります。また、二つ目の原因として、体細胞からiPS細胞への初期化の際に生じるDNAメチル化の異常が知られています。三つ目の原因としては、iPS細胞を作製するための体細胞を提供したドナーの遺伝的な差にあると考えられています。原因はいくつも考えられるものの、これまでの研究は、ヒトiPS細胞の株数が少なく、結論を出すには難しい状況でした。

本研究では、15人のドナーから得られたヒト線維芽細胞、血液細胞(臍帯血、末梢血)、歯髄細胞、角化細胞から作製した35株のiPS細胞と4株のES細胞を用いて、多能性幹細胞から造血前駆細胞への初期分化能と、造血前駆細胞から血液細胞への成熟能を解析しました。

その結果、iPS細胞やES細胞のような多能性幹細胞から造血前駆細胞への初期分化には、IGF2遺伝子の発現量が影響することが明らかになりました。一方、造血前駆細胞から血液細胞への成熟能に関しては、体細胞のiPS細胞への初期化の際に起こるDNAメチル化量が影響することが明らかになりました(図)。

図:本研究から明らかになった、細胞株間の分化能のばらつきにおける要因

詳しい研究内容について

書誌情報

【DOI】
http://dx.doi.org/10.1016/j.stem.2016.06.019

Masatoshi Nishizawa, Kazuhisa Chonabayashi, Masaki Nomura, Azusa Tanaka, Masahiro Nakamura, Azusa Inagaki, Misato Nishikawa, Ikue Takei, Akiko Oishi, Koji Tanabe, Mari Ohnuki, Hidaka Yokota, Michiyo Koyanagi-Aoi, Keisuke Okita, Akira Watanabe, Akifumi Takaori-Kondo, Shinya Yamanaka, Yoshinori Yoshida. (2016). Epigenetic Variation between Human Induced Pluripotent Stem Cell Lines Is an Indicator of Differentiation Capacity. Cell Stem Cell, 19.

  • 京都新聞(7月29日 27面)、日刊工業新聞(7月29日 21面)、毎日新聞(8月2日 23面)、読売新聞(8月1日夕刊 16面)に掲載されました。