液中原子間力顕微鏡を用いた溶媒和構造測定のための分析理論を作成

ターゲット
公開日

天野健一 工学研究科助教、金沢大学、神戸大学らの研究グループは、固液界面における溶媒和構造測定のための分析理論(変換理論)を提案し、理論の検証をしました。その変換理論を用いると、液中原子間力顕微鏡(AFM)で測定される探針と試料表面の間のフォースカーブを溶媒和構造に変換する事ができます。変換理論によってこれまで測定されなかった有機分子結晶や生体膜、ガラス上の溶媒和構造などが測定できるようになると考えられます。

本研究成果は6月21日付けで、Royal Society of Chemistryの学術誌「Physical Chemistry Chemical Physics」に掲載されました。

研究者からのコメント

天野助教

これまで液中AFMによって探針と基板間のフォースカーブが測定されてきましたが、それが溶媒和構造に変換される事はありませんでした。フォースカーブを溶媒和構造に変換する理論があれば、これまで測定されなかった有機分子結晶や生体膜、ガラス上の溶媒和構造などが測定できるようになると私は考え、変換理論の作成に取り組みました。この変換理論によって、液中AFMを「溶媒和構造測定装置」として昇華させる事ができたと思います。現在の変換理論はまだ初歩的な理論なので、今後はより精度や実用性の高いものへと開発を進めていきたいと思います。

概要

固液界面における液体の構造(溶媒和構造)は、固体と液体の親和性を測る指標になるだけでなく、液中における結晶化やバイオミネラリゼーション、触媒反応などのメカニズムを分子レベルで理解するための重要な情報となります。また、化粧品やガラス材料など工業製品の開発における試作品評価においても溶媒和構造は重要な情報となりえます。

これまでの構造解析技術の発展により、分子構造や結晶構造などの測定は比較的容易なものとなっていますが、固液界面における溶媒和構造の測定となると、測定は大変困難です。というのも、溶媒和構造を測定する手法としてX線反射率測定があるのですが、この測定を行うには数 cm または数 mm 四方で原子(分子)レベルでフラットな試料表面を用意する必要があります。しかしながら、そのような表面は有機分子結晶や生体膜、ガラス表面上では用意できません。

そこで本研究グループは、液中AFMに注目しました。液中AFMは数cmまたは数mm四方で原子(分子)レベルでフラットな試料表面を用意する必要がありません。しかも既に、金沢大学の福間剛士教授や神戸大学の大西洋教授らによって無機結晶だけでなく有機分子結晶や疑似生体膜上においてフォースカーブが測定されています。よって、液中AFMで測定されるフォースカーブを溶媒和構造に変換する理論があれば、液中AFMによって様々な表面上の溶媒和構造の測定ができるようになります。

そのような背景のもと本研究グループは、液体の統計力学と物理数学を応用し、変換理論を作成しました。また、変換理論の計算機内での検証と実験への適用などを共同研究者の小林和弥 工学研究科博士後期過程学生、橋本康汰 同修士課程学生、深見一弘 同准教授、西直哉 同准教授、作花哲夫 同教授、Yunfeng Liang 東京大学准教授、宮澤佳甫 金沢大学博士課程学生、福間剛士 同教授、および大西洋 神戸大学教授らと行いました。

本研究によって変換理論の基礎ができたと考えられます。しかし、現在の変換理論はまだ初歩的なものなので、今後はそれの精度と実用性の向上が行われる予定です。本研究では、変換理論の実験への適用(第一段階)としてマイカという鉱物(無機結晶)上の一次元の溶媒和構造(具体的には水和構造)を求めましたが、今後は三次元の溶媒和構造や、有機分子結晶や生体膜、ガラス表面上の溶媒和構造の取得に挑戦する予定です。この研究によって、構造解析技術のフロンティアが開拓されると期待されます。


液中AFMの探針(ミシンの針)によって溶媒和構造(水色の小球)がグラフ(赤色の糸)として示されるイメージ図
(提供: Physical Chemistry Chemical Physics、 画: 中澤暦 筑波大学数理物質科学研究科博士後期課程大学院生

研究支援者やプロジェクト等

本研究は主にJSPS科研費の若手(B)15K21100の助成を受けています。また、JSPS科研費の基盤(B)25286009と15H03877による一部助成と、金沢大学超然プロジェクトの支援も受けています。

書誌情報

【DOI】
http://dx.doi.org/10.1039/C6CP00769D

Ken-ichi Amano, Yunfeng Liang, Keisuke Miyazawa, Kazuya Kobayashi, Kota Hashimoto, Kazuhiro Fukami, Naoya Nishi, Tetsuo Sakka, Hiroshi Onishi, and Takeshi Fukuma. (2016). Number density distribution of solvent molecules on a substrate: A transform theory for atomic force microscopy. Physical Chemistry Chemical Physics.Volume 18 Number 23, Pages 15461–16056.