戸口田淳也 iPS細胞研究所(CiRA)教授(再生医科学研究所/医学研究科)、池谷真 同准教授、松本佳久 名古屋市立大学整形外科臨床研究医(元CiRA/再生医科学研究所)らの研究グループは、患者さん由来の疾患iPS細胞より、患者さんの遺伝情報をもつ対照iPS細胞を作製し、それぞれから軟骨細胞を誘導し、FOP(Fibrodysplasia Ossificans Progressiva:進行性骨化性線維異形成症)の病態の再現やメカニズムの一端を明らかにしました。
本研究成果は、2015年3月12日午前9時(米国東部時間)に「Stem Cells」で公開されました。
研究者からのコメント
今回の研究では、私たちが樹立した進行性骨化性線維異形成症(FOP)の患者さん由来のiPS細胞から、原因となる遺伝子変異を修復した対照細胞を作製しました。この対照細胞は変異以外は患者さんの遺伝情報と全く同じですので、疾患細胞と比較することにより非常に緻密な解析が可能です。さらに今回、FOPの病態を再現し、解析する評価系を開発することができました。今後は、このシステムを利用し、効果的な薬剤候補物質の探索を行いたいと思います。
ポイント
- FOP患者さんから作製したiPS細胞(疾患iPS細胞)の遺伝子を修復し、対照iPS細胞を作製した。
- 上記の対照iPS細胞と、疾患iPS細胞をそれぞれ軟骨細胞に分化誘導したところ、疾患iPS細胞からは軟骨ができやすいという病態を再現できた。
- MMP1遺伝子とPAI1遺伝子が軟骨生成を促し、FOPの病態に関与することを初めて示した。
- 患者さん由来の対照iPS細胞を用いて研究を進めることで、より的確な病態メカニズムの解明や創薬へとつながると期待される。
概要
FOPは筋肉や腱、靭帯などの軟部組織の中に、徐々に骨ができてしまう(異所性骨化)病気で、200万人に1人程度の割合で患者さんがいると言われている希少難病の一つです。これまでの研究により、ACVR1と呼ばれる遺伝子に変異が生じて、その遺伝子が過剰に働くとFOPとなることがわかっていました。しかし、FOP患者さんの体内から組織サンプルを採取すると骨化を促進し病状を悪化してしまうことや、マウスを使ったFOP病態モデルの限界から、FOP発症の詳細なメカニズムについては不明な点が多いとされてきました。
これまでに本研究グループは、iPS細胞から軟骨への分化誘導法を確立し、異所性骨化の重要な過程の一つと考えられている軟骨への分化能について検討を行っています。しかし、これまでは病気のメカニズムを調べるために、患者さん由来のiPS細胞とFOPではない人由来のiPS細胞からそれぞれ分化した細胞を比較しており、両者の遺伝的背景が異なっていました。そのため、両者の比較からは、病態に無関係な遺伝情報の個人差が病気の原因として検出される可能性がありました。
そこで本研究では、FOPを引き起こす変異以外は同じ遺伝情報をもつ対照iPS細胞を作製し、それと疾患iPS細胞の軟骨への分化能を比較することにより、FOPのメカニズムの一端の解明を試みました。具体的には、まず、FOP患者さん由来の疾患iPS細胞において、FOPの原因となる遺伝子変異を野生型に修復しました。これにより、修復した変異以外はもとの患者さんと同じ遺伝情報をもつ対照iPS細胞を作製することに成功しました。患者さん由来の疾患iPS細胞と対照iPS細胞を軟骨細胞へと分化させたところ、疾患iPS細胞では軟骨への分化能が亢進していることを確認しました。また、双方のiPS細胞から軟骨へと分化させる途中の段階(間葉系間質細胞)でさまざまな遺伝子の発現を調べたところ、MMP1とPAI1という二つの遺伝子が疾患iPS細胞で発現が亢進しており、FOPの病態に寄与していることが示唆されました。
図:今回の研究のまとめ
詳しい研究内容について
FOP患者さん由来iPS細胞を用いて、病態再現と創薬に向けた評価系の構築に成功
書誌情報
[DOI] http://dx.doi.org/10.1002/stem.1981
Yoshihisa Matsumoto, Makoto Ikeya, Kyosuke Hino, Kazuhiko Horigome, Makoto Fukuta, Makoto Watanabe, Sanae Nagata, Takuya Yamamoto, Takanobu Otsuka and Junya Toguchida
"New Protocol to Optimize iPS Cells for Genome Analysis of Fibrodysplasia Ossificans Progressiva"
Stem Cells Accepted manuscript online: 13 Mar 2015
掲載情報
- 京都新聞(3月13日 26面)、産経新聞(3月13日 1面)、日刊工業新聞(3月13日 25面)、日本経済新聞(3月13日 46面)、毎日新聞(3月13日 30面)および読売新聞(3月13日 38面)に掲載されました。