松岡雅雄 ウイルス研究所教授、安永純一朗 同講師らと霊長類研究所の研究グループは、ヒトT細胞白血病ウイルス1型(human T-cell leukemia virus type 1:HTLV-1)が、成熟Tリンパ球を標的とする理由を解明することに成功しました。
本研究成果は、米国科学アカデミー紀要「PNAS」に2015年2月2日付け(米国時間)にて掲載されました。
研究者からのコメント
本研究での成果は、HTLV-1およびSTLV-1が成熟Tリンパ球を感染の標的とする機構に迫るものであり、HTLV-1感染により成熟Tリンパ球の白血病、リンパ腫が惹起される分子機構の解明に繋がると期待されます。
また、本研究によりHTLV-1が未熟Tリンパ球ではなく、成熟Tリンパ球を標的として感染拡大に利用する機序の一端が明らかになりましたが、成熟Tリンパ球に感染することは、HTLV-1が次の個体に伝播するために必要であり、このウイルスが世代を超えて生き残っていくことに貢献していることがわかりました。今後はHTLV-1がいかにして感染細胞の増殖を促し、発がんへ導くのか、その分子機構を明らかにしていきたいと考えています。
概要
HTLV-1は、CD4陽性Tリンパ球の悪性腫瘍である成人T細胞白血病(adult T-cell leukemia:ATL)や難治性進行性神経疾患であるHTLV-1関連脊髄症(HTLV-1 associated myelopathy:HAM)の原因となるレトロウイルスです。日本には現在、約108万人のHTLV-1感染者が存在すると推定されており、全世界では約1000〜2000万人の感染者が存在すると考えられています。これまで、HTLV-1は主に末梢の成熟したCD4陽性Tリンパ球に感染していることが知られていましたが、胸腺などに存在する未成熟なTリンパ球における感染の程度や、ウイルスの指向性を規定するメカニズムは不明でした。
そこで本研究では、HTLV-1感染細胞株、HTLV-1感染者由来T細胞を用いた解析を行い、感染細胞では宿主の転写因子であるTCF-1とLEF-1の発現が著減していることを見出しました。これらの転写因子はHTLV-1の複製に必須のウイルス蛋白Taxと結合し、その機能を阻害しました。もともとこれらの転写因子は胸腺における未熟Tリンパ球に高発現し、末梢の成熟Tリンパ球では発現が低下していることが知られており、この阻害活性によりHTLV-1は未熟Tリンパ球ではなく成熟Tリンパ球を感染の標的としていることが示されました。さらにはTaxがTCF-1とLEF-1の転写を抑制することが判明し、よりいっそう感染の維持に最適な環境を誘導していると考えられました。ニホンザルはHTLV-1の近縁ウイルスであるSTLV-1に高頻度で自然感染しており、その感染細胞はHTLV-1とよく似た動態を示すことが知られています。
本研究によって、STLV-1感染ニホンザルの胸腺、末梢血中における感染細胞の割合を解析し、胸腺中の特に未熟なTリンパ球には感染細胞が少なく、TCF-1/LEF-1の発現と負に相関することが見出だされました。これらの結果は、HTLV-1が末梢血Tリンパ球を標的とし、最終的に発がんに導く分子基盤を明らかにするものです。
図:TCF1、LEF1とHTLV-1感染の関連
詳しい研究内容について
書誌情報
[DOI] http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1419198112
[KURENAIアクセスURL] http://hdl.handle.net/2433/193484
Guangyong Ma, Jun-ichirou Yasunaga, Hirofumi Akari, and Masao Matsuoka
"TCF1 and LEF1 act as T-cell intrinsic HTLV-1 antagonists by targeting Tax"
PNAS Published online February 2, 2015
掲載情報
- 朝日新聞(2月5日 29面)、京都新聞(2月5日 23面)、中日新聞(2月5日 3面)および日刊工業新聞(2月6日 23面)に掲載されました。