武田俊一 医学研究科教授と廣田耕志 首都大学東京理工学研究科教授は、セラ ケンブリッジ大学教授と共同で、DNAの変異が発生する分子機構を世界で初めて明らかにしました。
本研究成果は、2015年1月27日付けにて英国科学雑誌「Nucleic Acids Research」誌の電子版に掲載されました。
研究者からのコメント
DNAの変異は細胞のガン化のもととなります。一方、DNAの変異は体の免疫として働く抗体の多様化をもたらします。
近年、ガン細胞ではDNAの傷を乗り越えてコピーする活性が増加しており、抗がん剤の効果を低下させる原因となっていることがわかってきています。私たちが今回解明した「乗り越えてコピーする機構」を標的とする効果的なガン治療薬の開発が望まれます。また、化学物質の発ガン性評価にも応用が期待されます。化学物質によるDNAの傷を直接見つけることは事実上不可能ですが、DNAの傷を見つけるためのインジケーターとして、今回発見した「乗り越えてコピーする機構」を応用することが可能となります。乗り越える機能の変異細胞では、DNAの傷の乗り越えが不良のため、DNAの傷によって細胞死を引き起こすので、この変異細胞の細胞死を指標とした試験が、発ガン性を見つけるための毒性検査につながることが期待できます。
概要
すべての生物はゲノム情報を、DNAと呼ばれる化学物質を記憶媒体として用い、格納・継承しています。ヒトの場合、30億文字にものぼるゲノム情報が、DNAを通じて次の世代へ受け渡されていますが、遺伝情報を受け渡すためには、「正確」に情報のコピーを行う必要があります。複製ポリメラーゼδは、正確にDNAをコピーし、自らエラーを見い出し直すことができます。一方、DNAには放射線や紫外線で発生するだけでなく、呼吸などの代謝反応によって1日に1細胞あたりに10万程度傷が発生していますが、この傷があるとコピーを継続できず、複製ポリメラーゼは機能停止すると信じられてきました。このように多発するDNAの傷でコピーが停止すると、複製ポリメラーゼはTLSポリメラーゼと呼ばれる特殊なポリメラーゼ群にスイッチし、コピーを肩代わりしてもらい、停止しないようにしています。このとき、TLSポリメラーゼによるコピーでエラーが発生し、突然変異の主要な原因になると考えられています。
今回、本研究グループは、傷ついたDNAでの複製ポリメラーゼδの動きについて詳細に解析を行いました。複製ポリメラーゼδの機能を変異で一部弱めたところ、DNAの傷を乗り越えてコピーすることが出来なくなっていました(図)。また、複製ポリメラーゼδがDNAの傷を乗り越えてコピーをする場合にも、突然変異が大量に発生することが明らかとなりました。さらに、この乗り越えは、従来のTLSポリメラーゼと独立に行われている事実が判明しました。
この発見は、これまで「複製ポリメラーゼδは乗り越えてコピーできない」という教科書的なドグマを覆し、複製ポリメラーゼによるコピーでも突然変異につながるという、意外な事実を浮かび上がらせました。今後の解決すべき課題としては、従来のTLSポリメラーゼと複製ポリメラーゼδが、DNAの傷でどのように役割分担しているのかなどが残っています。
左図:濃度を変えたシスプラチン添加時の相対性依存率
右図:各細胞の抗体遺伝子座に入った点変異のパターン
詳しい研究内容について
書誌情報
[DOI] http://dx.doi.org/10.1093/nar/gkv023
Kouji Hirota, Kazunori Yoshikiyo, Guillaume Guilbaud, Toshiki Tsurimoto, Junko Murai, Masataka Tsuda, Lara G. Phillips, Takeo Narita, Kana Nishihara, Kaori Kobayashi, Kouich Yamada, Jun Nakamura, Yves Pommier, Alan Lehmann, Julian E. Sale, and Shunichi Takeda
"The POLD3 subunit of DNA polymerase δ can promote translesion synthesis independently of DNA polymerase ζ"
Nucleic Acids Research First published online January 27, 2015