中川隆之 医学部附属病院耳鼻咽喉科講師が中心となって行った全国9施設で施行した多施設共同臨床試験により、内耳にインスリン様細胞増殖因子1を直接徐放する治療法の有効性と安全性が明らかとなりました。中川講師らは、標準的な治療法で効果がない突発性難聴症例に対してインスリン様細胞増殖因子1を内耳に直接徐放する治療を行い、3例での治癒を含め高い有効性が示され、鼓膜穿孔などの有害事象が全く認められなかったことを報告しました。
本研究成果は、2014年11月19日付の医学専門誌「BMC Medicine」に掲載されました。
研究者からのコメント
最も頻度の高い身体障害の要因である難聴は、今後の高齢化社会を考慮すると解決すべき重要な医学的課題の一つです。難聴の多くは、感音難聴という、内耳にある音刺激を神経信号に変換する部分の障害によって引き起こされますが、有効な薬物治療がほとんどない状態です。私たちの研究グループでは、インスリン様細胞増殖因子1(以下IGF1)という各物に注目した基礎的研究開発を行い、臨床研究へと発展させてきました。
今回の論文では、難治性の突発性難聴を対照疾患として、IGF1を直接内耳に投与する新しい治療法の臨床での有効性を検証する無作為化対照試験を行い、対照としたステロイドの中耳注入療法と比較して、安全性が高く、良好な聴力改善が期待できることが明らかになりました。今後、一般的な保険診療で行える治療法とするための臨床治験への橋渡しを行っていきたいと考えます。
ポイント
突発性難聴という急激に片耳の聴力が失われる疾患では、約半数の症例で標準的な治療法であるステロイド全身投与で十分な聴力改善が認められません。このような難治性突発性難聴に対する新しい治療法として、ゼラチンハイドロゲルを用いて内耳にIGF1を徐放する治療の有効性と安全性を調べ、これまでに用いられてきたステロイドの鼓膜内注入よりも優れた安全性と有効性が期待できることが分かりました。
概要
本研究では、突発性難聴に対する一般的治療法であるステロイドの全身投与による聴力回復が十分に認められない症例120例を対象として、無作為にゼラチンハイドロゲルによるIGF1の内耳局所投与とステロイド(デキサメタゾン)を鼓膜内に注入する治療法に割付け、純音聴力検査での聴力レベルを解析すると同時に、有害事象としての鼓膜穿孔の発生割合を調べました。
その結果、IGF1では、純音聴力検査での良好な聴力回復が期待できることが示され(図)、鼓膜穿孔は全く認められませんでした。したがって、ゼラチンハイドロゲルによるIGF1の内耳局所投与は、安全性が高く、難治性の突発性難聴治療に推奨できる治療法であることが示されました。
図:IGF1およびデキサメタゾン(Dex)投与後の平均純音聴力閾値の変化
縦軸は純音聴力検査閾値を示し、横軸は治療開始後の週数を示す。青線はIGF1治療、赤線はステロイドの中耳注入を示す。
詳しい研究内容について
書誌情報
[DOI] http://dx.doi.org/10.1186/s12916-014-0219-x
[KURENAIアクセスURL] http://hdl.handle.net/2433/192275
Takayuki Nakagawa, Kozo Kumakawa, Shin-ichi Usami, Naohito Hato, Keiji Tabuchi, Mariko Takahashi, Keizo Fujiwara, Akira Sasaki, Shizuo Komune, Tatsunori Sakamoto, Harukazu Hiraumi, Norio Yamamoto, Shiro Tanaka, Harue Tada, Michio Yamamoto, Atsushi Yonezawa, Toshiko Ito-Ihara, Takafumi Ikeda, Akira Shimizu, Yasuhiko Tabata and Juichi Ito
"A randomized controlled clinical trial of topical insulin-like growth factor-1 therapy for sudden deafness refractory to systemic corticosteroid treatment"
BMC Medicine 12: 219 Published: 19 November 2014
掲載情報
- 科学新聞(1月9日 2面)に掲載されました。