井垣達吏 生命科学研究科教授らの研究グループは、老化した細胞ががん化を促進する仕組みをハエで解明しました。
本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に10月27日付けでオンライン公開されました。
研究者からのコメント
「細胞老化」とは、がん遺伝子の活性化などさまざまな細胞ストレスによって細胞が不可逆的に細胞分裂を停止する現象で、近年がんの発生や進展における役割が大きく注目されつつあります。私たちは今回、細胞老化が無脊椎動物にも存在する普遍的な現象であること、また、がん遺伝子Rasの活性化とミトコンドリアの機能障害によって細胞老化が起こり、これにより細胞老化関連分泌因子(SASP因子)の産生が誘導されて周辺組織のがん化が促進されるという現象をショウジョウバエで明らかにしました。
今後、本研究で確立されたショウジョウバエ細胞老化モデルを用いた研究を発展させ、さらにショウジョウバエで明らかになったメカニズムを哺乳類の実験系で確認することで、老化した細胞を標的とした、これまでにない新しいがん治療法の確立が期待されます。
ポイント
- 哺乳類で発見された「細胞老化」現象が無脊椎動物にも存在することを世界で初めて発見
- 細胞老化を起こした細胞が炎症性のたんぱく質を放出して周辺組織のがん化を促進する仕組みをハエで解明
- 老化した細胞によるがん化促進機構の普遍性を明らかに。
概要
近年、細胞が分泌するたんぱく質ががん化を促進する機能を持つことが分かってきました。また、そのような分泌たんぱく質を放出する細胞の一つとして、組織中で細胞老化を起こした細胞が注目されつつあります。しかし、老化した細胞によるがん化促進の普遍性や、その仕組みについてはこれまでよく分かっていませんでした。
そこで本研究グループは、哺乳類細胞で観察される細胞老化のさまざまな指標をショウジョウバエで解析することで、Rasの活性化とミトコンドリアの機能障害を起こしたショウジョウバエの細胞が細胞老化を起こすことを発見しました。これは、無脊椎動物で細胞老化現象を見い出した世界で初めての例です。以上の結果から、Rasの活性化とミトコンドリアの機能障害を起こした細胞は、細胞老化を起こして細胞老化関連分泌因子(SASP因子)を放出し、これにより周辺組織のがん化を促進すると考えられました。
さらに研究グループは、Rasの活性化とミトコンドリアの機能障害により誘発されるショウジョウバエ細胞老化モデルを用いて、老化した細胞からSASP因子が産生されるメカニズムを解析しました。その結果、老化した細胞はがん抑制たんぱく質p53の活性化と細胞分裂に関わるたんぱく質サイクリンEの不活化を起こして細胞分裂を停止させ、この細胞分裂停止によりJNKと呼ばれるリン酸化酵素の活性化が引き起こされることが分かりました。また、JNKが活性化すると細胞分裂停止がさらに促進されることも分かりました。すなわち、「細胞分裂停止」と「JNKの活性化」が互いに増幅し合うことで(増幅ループの形成)、細胞内のJNK活性が顕著に増大し、これによりSASP因子の産生が誘導されることが明らかとなりました(図)。
図:老化した細胞によるSASP因子の産生メカニズム
細胞内でRasの活性化とミトコンドリア機能障害が起こると、細胞老化に特徴的な細胞の形態変化が起こるとともに、がん抑制たんぱく質p53の活性化および細胞分裂に関わるたんぱく質サイクリンEの不活化によって細胞分裂が停止する。細胞分裂の停止はストレスキナーゼJNKの活性化を引き起こし、一方でJNKの活性化はさらに細胞分裂停止を促進するという増幅ループを形成する。これにより細胞内のJNKの活性が顕著に増大し、これがRas活性化と協調することでIL-6などのSASP因子の産生が誘導される。SASP因子を受け取った周辺の細胞はがん化を促進する。
詳しい研究内容について
書誌情報
[DOI] http://dx.doi.org/10.1038/ncomms6264
Mai Nakamura, Shizue Ohsawa & Tatsushi Igaki
"Mitochondrial defects trigger proliferation of neighbouring cells via a senescence-associated secretory phenotype in Drosophila"
Nature Communications 5, Article number: 5264 Published 27 October 2014
掲載情報
- 日刊工業新聞(10月15日 28面)および科学新聞(11月7日 2面)に掲載されました。