光と触媒によって炭素骨格を組み替える -効率的な有機合成手法の開発に期待-

光と触媒によって炭素骨格を組み替える -効率的な有機合成手法の開発に期待-

2014年1月17日

 村上正浩 工学研究科教授、石田直樹 同助教、澤野将太 同博士後期課程学生らの研究グループは、光と触媒を用いた独自のアプローチにより、オルトシクロファンと呼ばれる有機化合物の炭素骨格を組み替えて、メタシクロファンを立体選択的に合成することに成功しました。

 この成果が、英国時間1月17日に英国科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ(Nature Communications)」誌(電子版)に掲載されました。

概要

 炭素−炭素結合は有機化合物の主たる骨格を形成する結合です。一般に安定な結合であり、反応させることは困難ですが、これらを自在に反応させることができるようになれば、既存の有機合成を一変させる効率的な合成手法になる可能性を秘めています。本研究グループは、光と触媒を用いた独自のアプローチにより、オルトシクロファンと呼ばれる有機化合物の炭素骨格を組み替えて、メタシクロファンを立体選択的に合成することに成功しました。さまざまな有機化合物の効率的合成法として今後の展開が期待されます。

背景

 資源・環境問題が顕在化する現在、工程数や廃棄物を可能な限り減らし、効率よく目的物質を合成する次世代の合成手法が求められています。炭素−炭素結合は有機化合物の主たる骨格を形成する結合であり、これらを自在に反応させることができるようになれば、既存の有機合成を一変させ、多数の工程を経て合成されてきた有機化合物を効率的に合成できるようになるものと期待されますが、炭素−炭素結合は反応性に乏しく、選択的に反応させることは困難でした。

研究手法・成果

 本研究グループは、オルトシクロファン1に紫外光を照射した後にロジウム触媒を作用させると、メタシクロファン3が生成することを見い出しました(図1)。まず、紫外光を吸収することで、オルトシクロファン1はベンゾシクロブテノール2となります。この過程で化合物は光のエネルギーを化学エネルギーとして蓄積します。次に、ロジウム触媒を作用させることで、この化学エネルギーを駆動力として炭素−炭素結合の切断が起こり、メタシクロファン3が生成します。結果として、炭素−炭素結合と炭素−水素結合が入れ替わっています。解析の結果、この過程はエネルギー的には不利な分子変換ですが、光のエネルギーが駆動力となって進行していることが示唆されました。


図1:オルトシクロファン1の環拡大によるメタシクロファン3の合成

 また、別のオルトシクロファン4から出発して、メチルビニルケトンとの反応を行ったところ、面性キラリティーを有するメタシクロファン6が立体選択的に生成することがわかりました。このことから、炭素−炭素結合の切断が、中心性不斉から面性不斉への立体特異的な転写を伴って進行していることが明らかになりました(図2)。


図2:面斉キラリティーを有するメタシクロファン6の合成

今後の期待

 本研究で得られた成果は光のエネルギーを駆動力として、熱力学的に安定な炭素−炭素結合や炭素−水素結合を選択的に反応させる基礎的な方法論を提案・実証したものです。メタシクロファン骨格をもつ医薬品の開発に貢献しうるだけでなく、この方法論をさらに押し進めることで、将来的にはさまざまな有機化合物が効率的に合成できるようになるものと期待されます。

用語解説

シクロファン

ベンゼンなどの芳香環の2カ所以上が、炭素鎖などの架橋によって環状に結びついた化合物の総称。ベンゼン環のオルト位で結びついたものをオルトシクロファン、メタ位で結びついたものをメタシクロファンという。天然物や医薬品に見られる構造の一つ

キラリティー

3次元の構造をもつ物質が、その鏡像と重なり合わすことができない性質のこと

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1038/ncomms4111

Naoki Ishida, Shota Sawano & Masahiro Murakami
"Stereospecific ring expansion from orthocyclophanes with central chirality to metacyclophanes with planar chirality"
Nature Communications 5: 3111 Published 17 January 2014

 

  • 日刊工業新聞(1月23日 23面)および日本経済新聞(1月21日 16面)に掲載されました。