未曾有の豪雨時の流量は予測可能か? -観測例のない豪雨にも適用できる洪水流量の予測手法を開発-

未曾有の豪雨時の流量は予測可能か? -観測例のない豪雨にも適用できる洪水流量の予測手法を開発-

2014年1月6日

 谷誠 農学研究科教授らの研究グループは、巨大台風多発の現状に対し、未曾有の豪雨時の洪水流量を、現場の地形や土壌などの条件を考慮して予測できる手法を開発しました。

 本研究成果は、ヨーロッパ地球科学連合(EGU)が編集するオープンアクセスジャーナル「Hydrology and Earth System Sciences(水文学および地球システム科学、ドイツGoettingenのCopernicus出版)」に、2013年11月12日に発表されました。

研究のトピック性

 気候温暖化にともない、巨大な台風などによる豪雨災害が世界中で多発しており、日本でも2011年の紀伊半島豪雨など、極端に大きい規模の洪水が発生しています。しかし、これまで観測されなかったような大規模な洪水流量が過去の洪水における河川観測結果をもとに推定できるのかははっきりしておらず、ダムを巡る論争のテーマともなってきました。

 そこで本研究では、中小降雨、大規模豪雨にかかわらず成立する流出メカニズムを明らかにし、地中水(間隙に空気の含まれる土壌水と飽和した地下水の全体を言う)の流動に関する基礎式(Richards式)をベースに、流れの速いパイプ流の効果をも導入したモデルを構築して、新たな洪水予測手法を開発しました。

背景と目的

 山腹斜面では、水の流れのメカニズムはたいへん複雑です。一方、河川の洪水流出量は、貯留関数法などの簡単な流出モデルで再現計算が可能とされてきました。これまで、流れの複雑なメカニズムと流量の降雨に対する単純な応答変動との関係が科学的にきちんと説明されてこなかったため、中小規模の降雨に対する洪水流の応答が正しくとも、観測されたことのない未曾有の大規模豪雨における洪水流出予測の計算結果が妥当かどうか、大いに疑問であったのです。

 そこで、複雑なメカニズムと単純な応答の関係を分析することを通じ、大規模豪雨を対象とした場合でも洪水流量を予測できる手法の確立をめざして研究を進めました。

 


未曾有の豪雨による洪水流量の予測が目的であるが、山腹急斜面における流量観測を詳しく理論解析してはじめて可能になる。

研究の成果

 まず、日本のような急峻な山岳で行われた森林斜面での水の流れに関する詳しい観測結果をまとめたところ、降雨規模の大小を通じて洪水時の流れの主体は表面流ではなく地中流であり、中小降雨と大規模豪雨の違いは、主に、その地中流発生の場所が小さいか大きいかの違いであることがわかりました。

 地中の流れは遅いので、素早い洪水流出応答を生み出せることはないと疑問に思われるかもしれません。しかし、ホースの中に水が詰まっているときに水栓を開くと、ただちにホースの先から水が出るように、距離が長くても水圧変動が瞬間的に伝わる原理を基に説明することができます(図1a)。

 ただ、土壌の中においては、その隙間が完全に水が詰まって飽和することはなく、大規模豪雨時であっても不飽和に保たれるところが残ります。そのために、ホースの場合と異なり、水圧がただちに伝わるのではなく、時間の遅れをともなって伝わるのです(図1b)。


図1:水圧の伝わり方に関する説明

(a)ホースの中に水が詰まっていっている場合、水栓を開くと、ホースが長く曲がりくねっていても、ホースの中を水圧が瞬間的に伝わって水が出る。
(b)斜面上の土壌層の場合も、土壌の中の水流の道筋が長く複雑でも水圧は早く伝わる。しかし、水圧が不飽和土壌を通じて伝わるため、そこがクッションの役割を果たして遅れが生じ、雨が強くなったり弱くなったりする変化がならされ、洪水流量のピークを低下させる。

 水圧が伝わる現象なので、地中における水そのものの流れはたいへん複雑なのに、曲がりくねったホースと同じように、降雨に対する流量応答は速やかです。しかし、遅れをともなって水圧が伝わるため、降ったり止んだりする雨の激しい時間変動はならされます。遅れが大きいほど変動がならされることになり、ピーク流量が低下するのです。

 このメカニズムは大規模豪雨時であっても中小降雨時と同じように維持され、同じパラメータを持つ流出モデルで洪水流量予測が可能です。ただし、山くずれで土壌層そのものが破壊されますと、その斜面の洪水流量ははるかに大きくなると考えられます。モデルでの予測ができなくなるわけですが、予測限界が明確に示されていることも、山地災害発生予測の観点から重要な成果です。

 また、ピークを低下させる指標は、斜面の傾斜や長さ、土壌層の厚さ、粘土質か砂質かといった土壌の物理的性質によって変化します。図2は地中水の基礎式をもとに、土壌の透水性と斜面の長さによってこの指標がどのように変化するかを例示したものです。同じ雨があっても、斜面の条件によって洪水流量のピークがどのように異なるかを示したこうした図は、本研究ではじめて提供されました。


図2:斜面上の土壌層における、地形や土壌の性質が洪水流量のピーク低下を表す指標に及ぼす影響を表す図

横軸は土壌の透水性を示し、右端は水を通しやすい砂質土壌であり、左側へいくにしたがい水を通しにくい粘土質土壌になることを表す。縦軸は斜面の長さを示し、上にいくほど長い斜面を表す。図はピーク流量の低下指標の等値線を示している。たとえば、水を通しにくくても通しやすくても(右側も左側も)、指標は小さくなり、降雨条件が同じであっても、洪水流量のピークが大きくなることが示されている。

本研究は、文部科学省 科学研究費補助金(基盤S)「地形・土壌・植生の入れ子構造的発達をふまえた流域水流出特性の変動予測」(代表者:谷誠、2011年度~2015年度)より資金的支援を受け、実施されました。

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.5194/hess-17-4453-2013

Makoto Tani
"A paradigm shift in stormflow predictions for active tectonic regions with large-magnitude storms: generalisation of catchment observations by hydraulic sensitivity analysis and insight into soil-layer evolution"
Hydrology and Earth System Sciences 17, 4453–4470
Published: 12 November 2013
http://www.hydrol-earth-syst-sci.net/17/4453/2013/hess-17-4453-2013.pdfからも自由に閲覧可能

 

  • 京都新聞(1月25日 9面)および科学新聞(1月31日 2面)に掲載されました。