2013年10月4日
佐藤ゆたか 理学研究科准教授、太田尚志 同大学院生らの研究グループは、脊索動物胚における神経と表皮の運命をきめる詳しいしくみを解明しました。
本研究成果が、米国科学雑誌「Plos Genetics」誌(米国太平洋標準時2013年10月3日14時)に掲載されました。
ポイント
神経前駆細胞と表皮前駆細胞の運命をきめる複数の分泌タンパク質による司令機構を解明
- 神経前駆細胞を誘導する司令分子とその働きを抑制する2種類の司令分子が協調する
- 一つ目の抑制司令分子は、神経と表皮の細胞の間で誘導司令分子の相対的な働きの差を増幅する
- 二つ目の抑制司令分子は、神経前駆細胞で発現する遺伝子を直接抑制して、微量の誘導司令分子に反応できないように「あそび」をつくる
背景
動物の発生においては、特定の細胞から司令分子と呼ばれるタンパク質が分泌され、距離に応じて、司令分子の濃度の勾配がされます。その司令分子の濃度に応じて、細胞は異なる応答を行い、さまざまな組織が分化していきます。一方で、司令分子が細胞内へその情報を伝達する過程は確率的な現象であり、同一の濃度の司令分子が存在しても、司令分子が個々の細胞内へ伝える情報の量は常に一定ではありません。それにもかかわらず、組織の境界がきれいに分離するのはなぜでしょうか。
図1:細胞外に分泌される分子の濃度勾配によって、細胞の運命が決定される様子
研究成果
脊索動物ホヤの神経細胞は、われわれ脊椎動物と同じように外胚葉(神経や表皮を作る未分化の細胞群)から生じますが、研究グループは、このホヤの発生において神経と表皮細胞の運命を明確に区別する機構を解明しました。表皮から神経を誘導する一つの司令分子と、神経誘導を抑制する2種類の司令分子の協調作用によって、運命が明確に区別されます。
ホヤ胚において表皮から神経を誘導する司令分子はFGFと呼ばれ、コンピュータを利用した予測では、この分子は神経に誘導される細胞にもっとも多く受容されます。一方、神経誘導を抑制する分子EphrinAはFGFと逆向きの勾配を持ち、FGFの信号が細胞内で伝達される途中の過程を抑制します。そのことによって、神経誘導を行う正味の信号はより急な勾配を持つことになります。これだけでもほとんどの場合には、正常に神経と表皮の発生運命が分離しますが、まれに余分な神経細胞ができてしまいます。これは、信号の伝達過程が確率的現象であることと関係していると考えられます。このまれに起こる確率的現象を抑制するために、ホヤ胚ではTGFβとよばれるファミリーに属する別の二つの司令分子(ADMPとGDF1/3-like)の信号は、直接ゲノムに働きかけて、神経で発現すべき遺伝子の発現を抑制しています。つまり、この二つの司令分子はFGFとEphrinAの差し引きで作られた正味の活性化信号に対して、弱い信号では細胞が反応しないように不感受性の部分、いわば「あそび」の部分を作り出しています。それによって、神経か表皮かという二者択一の選択がきれいに行われることになります。
図2:ホヤ胚を用いて明らかにした神経と表皮を明確に区別する機構
まとめ
ホヤはわれわれヒトと同じ脊索動物門に属する動物で、もっとも基本的な体の作りは共通です。脊椎動物でも神経誘導にTGFβファミリーの分子とFGFが利用されています。その作用機序は多くが明らかにされてきましたが、必ずしも完全に理解されているわけではありません。今回明らかにした神経誘導の機構と同じ機構が脊椎動物でも使われていると考えることで説明できるかもしれません。
書誌情報
[DOI] http://dx.doi.org/10.1371/journal.pgen.1003818
Ohta N, Satou Y.
Multiple Signaling Pathways Coordinate to Induce a Threshold Response in a Chordate Embryo.
PLOS Genetics 9(10): e1003818. October 3, 2013
- 京都新聞(10月26日 10面)に掲載されました。