X線自由電子レーザーパルスの特性を生かした高効率X線吸収分光法の開発 -超高速の化学反応を追跡するフェムト秒時間分解でのX線吸収分光が可能-

X線自由電子レーザーパルスの特性を生かした高効率X線吸収分光法の開発 -超高速の化学反応を追跡するフェムト秒時間分解でのX線吸収分光が可能-

2013年9月26日

 鈴木俊法 理学研究科教授、片山哲夫 高輝度光科学研究センター博士研究員、矢橋牧名 理化学研究所放射光科学総合研究センターグループディレクター、 小城吉寛 同光量子工学研究領域上級研究員、三沢和彦 東京農工大学教授らの共同研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free Electron Laser)を利用した新しいX線吸収分光法を考案し、理化学研究所のXFEL施設「SACLA」での実証実験に成功しました。

 原子・分子をかたちづくる電子の分布や原子核の空間的な幾何構造は、それらの化学反応性と深く関わっています。X線吸収分光法は、このような物質の電子的・幾何的構造を観察するための最も有力な方法の一つです。例えば、化学反応が起こる時間と同じくらい短い時間だけX線パルス光を物質に照射して観察すれば、 化学反応を時々刻々と追うことができ、その全容を解明することも可能です。しかし、これまでX線吸収分光に広く用いられてきた放射光のX線パルスの時間幅は数十ピコ秒(1ピコ秒=1兆分の1秒)と大きく、化学反応でみられる1フェムト秒(1000兆分の1秒)程度の超高速現象の途中経過を追跡することは困難でした。XFELは、 放射光の1万分の1の10フェムト秒程度の時間幅のX線パルスを発生できる光源で、これを利用した化学反応のリアルタイム観測に大きな期待が寄せられています。

 ただ、放射光源と比べて、現状のSACLAでは1秒間に発生できるX線パルスの数が20パルスと少なく、時間単位の計測効率で劣ります。したがって、XFELの有効な利用には、1パルスで得られる情報量がなるべく多い高効率な分光法の開発が必要です。共同研究グループは、X線吸収の光子エネルギー依存性(X線吸収スペクトル)について、XFELのパルスがもつエネルギー幅の範囲を1パルスで一括計測する新手法を開発しました。1パルスで吸収スペクトルを一括計測するには、試料に照射する前後のX線のスペクトルを同時に計測する必要があります。本手法では、XFELの出力を透過型回折格子を利用して2本のX線ビームに分割し、参照X線と試料透過X線のスペクトルをX線パルスごとに同時計測することで、吸収スペクトルを算出します。この手法で得られたスペクトルは、従来法で計測された吸収スペクトルとよく一致し、その有効性が実証されました。本手法は、今後、化学反応のリアルタイム観測といった時間分解計測などのXFELを用いたX線吸収分光に広く応用されていくことが期待できます。

 本研究成果は、米国の科学雑誌「Applied Physics Letters」オンライン版に9月25日(日本時間:9月26日)、掲載されました。

本研究成果のポイント

  • XFEL施設「SACLA」を使い新X線吸収分光法の実証実験に成功
  • 分割した2本のX線ビームを使って広域のX線吸収スペクトルを一括計測
  • 化学反応の原子や分子の動きなど超高速現象をとらえる技術確立へ

背景

 X線吸収分光(XAS: X-ray absorption spectroscopy)は、特定の元素に起こるX線吸収を観測し、液体・固体・気体といった試料の形態を問わず、注目する原子周辺の幾何構造や電子構造を知ることができる実験手法です。そのため、原理的には化学反応の全容を理解することが可能ですが、反応初期の超高速現象を追跡するにはパルス幅の短いX線を用いて反応途中の一瞬を切り出して(フラッシュをたいて写真をとるように)観察する必要があります。しかし、従来の放射光はそのパルス幅の短縮に限界があり、フェムト秒の時間スケールで起こる化学反応を追跡することは困難でした。SACLAや米国のLCLSに代表されるX線自由電子レーザー(XFEL)施設から発振されるレーザーは、オングストローム(100億分の1メートル)レベルの波長と数十フェムト秒以下のパルス幅を持つ新しいX線です。XFELの特性を利用することで原子や分子の瞬間的な動きをとらえることが可能になると期待されています。ただ、現状のSACLAでは1秒間に発生できるX線パルスの数が20パルスと少ないため、十分な信号雑音比のデータを積算するには、1パルスで得られる情報量がなるべく多い高効率な分光法の開発が必要です。

 従来のX線吸収分光では、狭いエネルギー範囲のX線を分けて取り出し、そのX線のエネルギーを少しずつ変えながら試料に照射します。そして、X線のエネルギーごとに、試料前後のX線強度の比(規格化)をとって、吸光度を計測します。一方で、XFELは広い波長帯域(約50eV)を持つため、その帯域に応じたエネルギー領域の吸光度を一括計測するのに向いています。XFELでしか得られない短パルス性という利点を生かすには、この一括測定が必要となります。

 しかし、XFELのスペクトルは微細なスパイク形状の集まりになっているため(図1a)、入射X線の明るさは波長によって極端に変動します。そのため、XFELの波長帯域(50eV)と同程度の吸収スペクトルを得るには、試料前後のX線のスペクトルを同時に計測する必要があります。そこで共同研究グループは、XFELを二つに分割し、2種類のスペクトルを同時に観測して吸光度を算出する手法を考案しました。

研究手法と成果

 共同研究グループは、XFELを分割するため透過型回折格子を使用しました。XFELを透過型回折格子に照射することにより発生する2本の回折光は、異なる光路を伝搬するため、片方の光路のみに試料を設置することが可能です。この手法では同時に2種類のスペクトルを観測するため、スペクトルの波形がパルスごとに変化するSASE(自己増幅自発放射)方式のXFELにおいても、正確な吸光度を効率よく計測することができます。

 共同研究グループは、SACLAのビームラインにおいて、楕円ミラー、シリコン分光結晶、高感度のX線CCDカメラを組み合わせたスペクトロメーターに分割した2本のX線ビームを導入し(図1b)、スペクトルの計測を行いました(図2)。片方の光路にのみ亜鉛薄膜や鉄アンモニウム錯体水溶液を試料として設置し、試料を透過するX線と透過しないX線の2種類のスペクトルを計測しました。その結果、広範な波長範囲の吸収スペクトルを一括に計測することができました(図3)。本手法で計測したX線吸収スペクトルは、従来の手法で測定した参照用のX線吸収スペクトルとよく一致しており、正確に吸光度を計測できることが分かりました。


図1: (a)SASE方式XFELのスペクトル (b)透過型回折格子によって分割したX線ビームと、楕円ミラー、シリコン分光結晶、X線CCDカメラを組み合わせたスペクトロメーター

(a) SASE方式のXFELのスペクトル。赤、青はそれぞれ1パルス毎のスペクトル。パルスごとにランダムなスパイク構造を持つことがわかる。
(b)2種類のスペクトルを同時に計測するため、透過型回折格子(Ta:タンタル、SiC:シリコンカーバイド)からの回折光を利用した。広範囲なエネルギースペクトルの観測範囲を得るには、発散角(ビームの拡がりの角度)が大きなX線ビームが必要であるため、楕円ミラーで反射させて発散角を大きくした。分割した2本のビームをシリコン分光結晶へ入射させると、ブラッグの条件(X線のエネルギーに依存した角度でX線が回折される)を満たすように、X線のエネルギーによって違う角度で回折される。この反射ビームをX線CCDカメラで検出した。


図2: 試料なしで測定した2つの回折光スペクトルの比較

(a)試料無しで計測した二つの回折光のスペクトル
(b)(a)中の黒線を赤線で割ったもの。二つのスペクトルがよく一致しており、吸収スペクトルを算出するための規格化ができることが分かる。


図3: さまざまな試料のX線吸収スペクトル

 各サンプルを2つの光路の片方に設置して計測したX線吸収スペクトル。それぞれ試料としてZn薄膜(a:赤線)と鉄アンモニウム錯体水溶液(b)を用いた。(a)の黒線は従来の放射光で計測された参照用のX線吸収スペクトル

今後の期待

 XFELと同程度のパルス幅を持ち、化学反応のトリガーとして使える光学レーザーを今回開発した手法と組み合わせることにより、超高速の化学反応を追跡するフェムト秒時間分解でのX線吸収分光が可能になります。また、X線ビームを分割することによりXFELの一部を切り出してパルスごとのスペクトルを測定できることが示されました。今後の研究開発により、XFELパルスの時間幅の測定や、光学レーザーとXFEL間のタイミング計測を、他の実験と並行して行えるようになると予想されます。これらの情報をパルスごとに評価することは、XFELの短パルス性を生かすために重要であり、超高速現象の解明に役立つことが期待できます。

本研究は文部科学省X線自由電子レーザー重点戦略課題の支援を受けて実施されました。

書誌情報

[DOI]http://dx.doi.org/10.1063/1.4821108

Tetsuo Katayama, Yuichi Inubushi, Yuki Obara, Takahiro Sato, Tadashi Togashi, Kensuke Tono, Takaki Hatsui, Takashi Kameshima, Atanu Bhattacharya, Yoshihiro Ogi, Naoya Kurahashi, Kazuhiko Misawa, Toshinori Suzuki, and Makina Yabashi.
Femtosecond x-ray absorption spectroscopy with hard x-ray free electron laser.
Applied Physics Letters, 103(13), 131105. published online 25 September 2013