「アルデヒド分解酵素遺伝子」ALDH2が解き明かす難病の謎

「アルデヒド分解酵素遺伝子」ALDH2が解き明かす難病の謎

2013年9月13日


左から高田教授、平 大学院生

 高田穣 放射線生物研究センター教授、平明日香 同大学院生らは、矢部みはる 東海大学病院准教授、矢部普正 同准教授、松尾恵太郎 九州大学医学部教授らとの共同研究で、遺伝性難病の「ファンコニ貧血」と「アルデヒド分解酵素遺伝子」ALDH2の関係について解析し、この疾患の病態の本質を強く示唆する結果を得ました。

 本研究成果は、米国の血液学専門誌「Blood」電子版に2013年9月13日(米国東海岸標準時)に掲載されました。

ポイント

  1. 小児血液系の難病「ファンコニ貧血」で、アルデヒド分解酵素遺伝子ALDH2が欠損すると、特に重症化することが判明
  2. 骨髄幹細胞が自然発生するアルデヒドによって傷害され、ファンコニ貧血分子がそれを修復することが健康維持に重要

概要

 「ファンコニ貧血(FA)」は遺伝性疾患で、再生不良性貧血、白血病、がん、奇形などの症状を伴う小児の難病です。血液の幹細胞にDNA損傷が蓄積することで障害され、貧血(骨髄不全)と白血病発症がみられます。アンジェリーナ・ジョリーさんで有名になった「家族性乳がん・卵巣がん」と共通の遺伝子異常がみられ、関係の深い疾患です。しかし、この疾患でどのようなDNA損傷が問題なのか、わかっていませんでした。

 一方、日本人の半数で、アルデヒド分解酵素ALDH2が遺伝的に欠損し、活性がありません。アルコールは体内で分解され、アルデヒドになりますが、こういった人は飲酒後、アルデヒドが分解できず、そのため顔が赤くなり動悸などの悪酔い症状が出現します。ALDH2は飲酒を好む体質を決定する遺伝子として、大変有名です。

 ヒトの体内では、飲酒とは無関係に、食べ物や体内の代謝に起因するアルデヒドが発生しており、ALDH2はそれを分解しています(図1)。


図1:アセトアルデヒド代謝(Nature2011改変)

 今回、FA患者64名に研究に参加いただき、アルデヒド分解酵素ALDH2の遺伝子型を調べたところ、アルデヒド分解ができないタイプ(AA型、GA型)の患者は、分解できるタイプ(GG型)に比べて、貧血(骨髄不全)発症が早く、特にAA型患者は、生まれてすぐに貧血と白血病の前段階の状態がみられ、特に重症であることがわかりました(図2)。もちろん小児ですから、飲酒をしているわけではありません。


図2:アルデヒド分解酵素遺伝子型とファンコニ貧血の進行

 骨髄において血液をつくる幹細胞では、アルデヒドを適切に分解し(浄化)、さらに傷ついてしまったゲノムをもとの状態に戻す(修復)ことが健康維持に重要なのです(図3)。


図3:アルデヒドによるDNA損傷緩和にむけた二つの戦略:浄化と修復

 健常人ではFA分子がゲノム障害を修復できるので、貧血も白血病もまれにしかおきません。

 ところが、FA患者ではアルデヒドによるゲノム障害が修復できず、貧血(骨髄不全)が進行すると考えられます。AA型ではより大量のアルデヒドが幹細胞に存在し、より早期の貧血と白血病化がもたらされるのです。

 これらの結果は「ファンコニ貧血」の病態の本質が、体内で自然に生成されたアルデヒドによるゲノム損傷の修復不全であることを強く示唆しています。

 飲酒後顔が赤くなるGA型やAA型のヒトは、FAの遺伝子異常がなく、ゲノム損傷修復が正常なら骨髄は健康に過ごせます。しかし、GA型のヒトの習慣的飲酒は、食道がんのリスクを20倍にも上昇させることが知られていますので、注意が必要です。

波及効果

 本研究成果では、以下の波及効果が期待されます。

  1. ファンコニ貧血の治療。ALDH2の活性刺激薬剤を使った治療が貧血の治療に有効であることが期待できます。すでにこういった薬剤の開発は報告されており、治療への道が開かれる可能性があります。
  2. 骨髄幹細胞が減少するほかの疾患、さらには血液疾患全般においても、アルデヒドが重要な役割を果たしている可能性があり、同様に治療法の開発につながるかもしれません。
  3. 家族性乳がんの発症へも関連している可能性があります。
  4. 骨髄幹細胞維持の基礎的なメカニズム解明に貢献します。

今後の予定

  1. ほかの疾患におけるALDH2遺伝子型の検討
  2. ALDH2刺激剤の臨床応用へむけて、基礎的検討を開始

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1182/blood-2013-06-507962

[KURENAIアクセスURL] http://hdl.handle.net/2433/178719

Asuka Hira, Hiromasa Yabe, Kenichi Yoshida, Yusuke Okuno, Yuichi Shiraishi, Kenichi Chiba, Hiroko Tanaka, Satoru Miyano, Jun Nakamura, Seiji Kojima, Seishi Ogawa, Keitaro Matsuo, Minoru Takata, and Miharu Yabe.
Variant ALDH2 is associated with accelerated progression of bone marrow failure in Japanese Fanconi anemia patients.
Blood; published ahead of print September 13, 2013.

 

  • 京都新聞(9月14日 25面)、日刊工業新聞(9月16日 13面)および読売新聞(9月29日 37面)に掲載されました。