2013年9月6日
左から中西准教授、金森助教、早瀬大学院生
中西和樹 理学研究科准教授、金森主祥 同助教、早瀬元 博士後期課程学生の研究グループは、撥水性表面をもつ柔軟多孔性材料「マシュマロゲル」の細孔表面に撥油性の分子を結合させて表面エネルギーを低下させることにより「超撥水・超撥油性(水滴・油滴とも接触角が150度以上)マシュマロゲル」の開発に成功しました。
本研究成果は、独化学誌「アンゲヴァンテ・へミー・インターナショナル・エディション(Angewandte Chemie International Edition)」オンライン版(2013年9月5日)に掲載されました。
概要
撥水・撥油性表面は防汚などの応用面から注目されている性質ですが、そのような表面の作製は容易でなく、表面微細加工技術などを駆使したさまざまな方法が考案されてきました。本研究グループは今年1月に撥水性表面をもつ柔軟多孔性材料「マシュマロゲル」を発表しました。この物質は内部に多数の細孔を有する「多孔性物質」であり、水を非常によく撥く「超撥水性」(水滴の接触角が150度以上)をもつ一方で油にはよく馴染むため、スポンジを絞るように水から油を迅速に分離回収することが可能です。このマシュマロゲルの細孔表面に撥油性の分子を結合させて表面エネルギーを低下させると、水だけでなく油までもよく撥く多孔性物質を得ることができると考え、研究を行いました。超撥水・超撥油性(水滴・油滴とも接触角が150度以上)をもつ塊状柔軟多孔体はこれまでに作製例がありません。しかも、複雑・高価な器具が必要でなく、高校の化学実験室でも再現できるような簡易な手法で作製できるため、広い分野での応用が期待されます。
背景
撥水性表面はセルフクリーニング効果(自浄効果)をもつメンテナンスフリーの窓ガラスや外壁など、防汚の観点から実用化がなされています。しかし煙や排気ガスなど油状の汚染物質に対する効果は低く、防汚特性の改善が求められています。その解決策の一つが撥水・撥油性表面の利用ですが、撥水性表面に比べてその作製は難しいとされています。事実、超撥水性は蓮の葉や昆虫の眼など身の回りにも多く見かけることができる性質ですが、超撥水・超撥油性をもつ乾燥表面は自然界に存在しません。超撥水・超撥油性を実現するためには、(1) 表面に微細凹凸構造を形成し、(2) 表面をフッ化アルキル鎖などで覆う必要があります。撥水性に比べて必要な条件が多く、超撥水・超撥油性表面の報告例は多くありません。また、超撥水・超撥油性表面の報告例のほとんどが薄膜コーティングに関する技術であり、摩耗・剥離などにより特性を失うことが問題となっていました。
研究手法・成果
本研究グループは数年前より、3官能性ケイ素アルコキシドと2官能性ケイ素アルコキシド(図1)を前駆体(モノマー)として共重合させることによって得られる、柔軟多孔性材料「マシュマロゲル」(図2)についての研究を行っています。このゲルは前駆体の有機置換基R1やR2を選択することで、高分子ネットワークに機能をもたせることができます。今回は、有機置換基としてビニル基を導入して、この研究成果の基礎となるマシュマロゲルを合成しました。さまざまな高分子や樹脂が、ビニル基をもつ化合物を重合させて作られていることからも想像できるとおり、ビニル基は「分子同士をくっつけること」を得意とする有機基です。
図1:マシュマロゲルの前駆体(モノマー)となる3官能性(左)、2官能性(右)ケイ素アルコキシド。今回の超撥水・超撥油性マシュマロゲルを作製する実験では、R1・R2ともにビニル基(CH2=CH-)のものを用いた。
図2:2.5リットルスケールで作製したマシュマロゲルの例(左)とその微細構造(右、直方体の大きさは73.1×73.1×30.8 μm3)
ビニルトリメトキシシラン(VTMS、R1はビニル基)とビニルメチルジメトキシシラン(VMDMS、R2はビニル基)を共重合したマシュマロゲル(MG1)は今年1月に発表しており、この柔軟性多孔体の表面には超撥水性に必要な凹凸形状が存在することが分かっていました。超撥水・超撥油性を実現するための課題は、どのようにしてフッ化アルキル鎖で表面を分子的に覆うかでした。本研究グループは、マシュマロゲルの表面に多く存在するビニル基を、フッ化アルキル鎖を結合させる足場にすることにしました。
マシュマロゲルはゾル-ゲル法と呼ばれる方法で得られます(図3上段)。前述したケイ素アルコキシド前駆体やカチオン性界面活性剤(図3ではCTAC)などの試薬を一度に混ぜて出発溶液とし、密閉条件下で一定温度(典型的には80度)に保つだけで、簡単に所望の形に合成することができます。特殊な装置や条件は必要ありません。このように簡単に作ることができるマシュマロゲルの表面修飾に複雑なプロセスを用いては、合成面でのメリットが失われてしまいます。そこで私たちは、チオール−エンクリック反応に注目しました。
チオール−エンクリック反応は、穏やかな条件下でビニル基とチオール基(-SH)を定量的に付加反応させるもので、グリーンケミストリーの観点からも注目されている反応です。私たちはビニル基をたくさんもったVTMS-VMDMS系マシュマロゲルを有機溶媒に浸し、そこにフッ化アルキル鎖をもつチオール(CF3(CF2)7CH2CH2SH)とラジカル開始剤を加えて60度に保ちました(図3下)。半日経過後、未反応物を洗い流して乾燥させると、多くのフッ化アルキル鎖で表面が覆われた新しいマシュマロゲル(MG2)を得ることができました。
図3:ゾル-ゲル法による超撥水性マシュマロゲルMG1を作る反応(上段)と、チオール-エン クリック反応を利用してMG1上のビニル基にフッ化アルキル鎖を付加し、超撥水・超撥油性マシュマロゲルMG2を作る反応(下段)
得られたゲルMG2に対し、撥油性の評価にもっともよく用いられるn-ヘキサデカンとの接触角を調べたところ、150度以上を示しました。他のさまざまな液体に対しても同様の結果が得られたことから、このマシュマロゲルは超撥水・超撥油性をもつことがわかりました(図4)。
図4:超撥水・超撥油性マシュマロゲルMG2が液体を撥く様子
超撥水・超撥油性マシュマロゲルMG2が示すユニークな現象として、水や油に沈まず、表面張力のみで液体の上に「乗る」ことが挙げられます(図5)。このようなことが可能な物質はこれまでに報告されていません。
図5:超撥水性マシュマロゲルMG1と超撥水・超撥油性マシュマロゲルMG2を水(無色、下層)-油(Oil Red Oで着色した1,3,5-トリメチルベンゼン(TMB)、上層)に入れた様子。MG1は油を吸収して沈み水との界面に「乗る」が、MG2は表面張力で油上 に「乗る」。
全ての細孔表面がフッ化アルキル鎖で覆われていることと、3次元的な微細構造を内部にもっていることから、MG2の超撥水・超撥油性はいかなる切断面にも表れることが分かりました。マシュマロゲルは自由に厚みを変えることができる塊状体であることから、コーティング材料とは異なり、最表面が破壊されても効果を維持し続ける防汚素材などへの応用が期待できます。
波及効果
超撥水・撥油性表面をもつ塊状材料の作製例はこれまでにありませんでした。簡易な合成法によって作製できる超撥水・超撥油性マシュマロゲルは、今後の超撥水・超撥油性材料研究に大きな影響を与える可能性があります。マシュマロゲルの柔らかさや材料の「厚み」を利用した、これまでに考えられてこなかった応用も期待できます。
書誌情報
[DOI] http://dx.doi.org/10.1002/anie.201304169
A Superamphiphobic Macroporous Silicone Monolith with Marshmallow-like Flexibility Gen Hayase, Dr. Kazuyoshi Kanamori, Dr. George Hasegawa, Ayaka Maeno, Prof. Hironori Kaji, Prof. Kazuki Nakanishi Angewandte Chemie International Edition Early View (Online Version of Record published before inclusion in an issue) Article first published online: 5 SEP 2013
- 京都新聞(9月6日夕刊 8面)、日本経済新聞(9月10日 18面)および科学新聞(10月4日 4面)に掲載されました。