野生イルカの突発性射精(夢精)を世界で初めて記録 -さまざまな動物で見られる現象か? -

野生イルカの突発性射精(夢精)を世界で初めて記録 -さまざまな動物で見られる現象か? -

2013年8月28日


森阪助教

 森阪匡通 野生動物研究センター特定助教、酒井麻衣 日本学術振興会特別研究員、中筋あかね  野生動物研究センター大学院生、榊原香鈴美 同大学院生らは、御蔵島観光協会の小木万布氏、吉岡基 三重大学教授らとの共同研究により、世界で初めて野生のイルカの突発性射精(夢精)を記録、報告しました。この報告は、さまざまな動物においてこの現象が一般的に起こっていることを示唆し、ヒトの夢精に関する深い理解につながるものです。

 本研究成果は、米国科学誌「PLOS ONE」誌に2013年8月28日付で掲載されました。


図:ミナミハンドウイルカの突発性射精

概要

 突発性射精とは、明らかな性的な刺激なしに射精が起こることを言い、ヒトでは夢精としてよく知られる現象です。いくつかの動物種において突発性射精の報告がありますが、行動が予測できず、また数秒で終わるため、記録するのが非常に難しい現象です。このたび、東京都の御蔵島周辺海域に棲息するミナミハンドウイルカ(Tursiops aduncus)で、この突発性射精をビデオで撮影できたため、報告を行いました。少なくとも水生哺乳類では初めての報告です。

背景

 これまで突発性射精はげっ歯類(ラットやハムスター)、偶蹄類(ヒツジやテセベ)、肉食類(ネコやブチハイエナ)、そしてウマやチンパンジー、ヒトなどにおいて報告がなされています。ヒトでは夢精として知られています。さまざまな動物において見られる一般的な現象であると考えられますが、観察がきわめて難しいため、報告がなされていない動物がたくさんいると考えられます。観察がさらに難しい水生哺乳類からは全く報告がありませんでした。突発性射精の機能はわかっていませんが、(1)過剰または異常な精子を取り除く、(2)性的ディスプレー、(3)特に機能は持たず、射精を抑制する神経系のコントロールが緩む睡眠もしくは眠たい状態の時に偶発的に起こる、といったことが、これまで考えられています。

研究手法・成果

 東京都の御蔵島周辺海域には100頭を超える野生のミナミハンドウイルカが棲息しており、1994年から保全のための個体識別調査が継続して行われています。本研究はこうした個体識別調査と行動観察・社会認知研究のためのイルカの水中映像撮影中に記録されました(図)。この射精をした個体は当時16歳のオス(個体番号266、愛称は「いるかちゃん」)でした。この個体は射精前には性的な活動をしておらず、直前まで片目をつぶっていたことから睡眠中または目覚め時であったと考えられます。また同時に撮影されていた他の個体(母子7ペア、6オス、9メス、8不明)も性的な活動はしておらず、不活発で休息中でした。このことから、今回観察された射精は、性的な刺激を伴わない突発性射精であり、また眠たい状態で起こったものと思われます。つまり人間における「夢精」に当たる現象であると考えられます。

波及効果

 突発性射精は観察が難しいため報告がなされにくい現象ですが、さまざまな動物種において見られる一般的な現象である可能性があります。人間では「夢精」として知られ、性的な夢が射精を誘発させると古くは考えられていましたが、一方で勃起や射精などの刺激自体のフィードバックが、性的な夢を(後づけで)形成するとも考えられます。突発性射精がさまざまな動物種において見られる普遍的なものであるなら、後者の考えのほうが自然であると思われます。夢精や突発性射精に関するさまざまな動物種での報告を積極的に蓄積することで、ヒトの夢精についてもより深く理解が進むものと思われます。

今後の予定

 水族館の職員など、イルカを長期で観察されている方にアンケート調査等を行い、突発性射精がどのくらい見られるものなのかなど、もう少し詳細な情報を報告していきたいと思います。

関連リンク

本研究成果は、科学研究費補助金基盤研究(S)「海のこころ、森のこころ-鯨類と霊長類の知性に関する比較認知科学-」(研究代表者:友永雅己 霊長類研究所准教授)の研究資金の援助を受けました。

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1371/journal.pone.0072879

[KURENAIアクセスURL] http://hdl.handle.net/2433/178699

Morisaka Tadamichi, Sakai Mai, Kogi Kazunobu, Nakasuji Akane, Sakakibara, Kasumi, Kasanuki Yuria, Yoshioka Motoi.
Spontaneous Ejaculation in a Wild Indo-Pacific Bottlenose Dolphin (Tursiops aduncus).
PLoS ONE 8(8): e72879, 2013/08/28

 

  • 朝日新聞(9月4日 29面)、京都新聞(9月28日 9面)および産経新聞(9月4日 22面)に掲載されました。