2013年8月2日
左から友永准教授、伊村 新潟国際情報大学講師
友永雅己 霊長類研究所准教授、伊村知子 新潟国際情報大学講師らの共同研究グループは、人間とチンパンジーの視覚探索の能力を比較し、人間のようにチンパンジーも、遠近法によって描かれた2次元空間から奥行きを知覚し、「天井」よりも「地面」の上の色の違いをすばやく検出することを発見しました。人間よりも樹上で過ごす時間の長いチンパンジーにおいて人間と同様の視覚探索の傾向が見られたことから、地上を優先的に探索する能力は、少なくとも人間とチンパンジーの共通祖先で共有されていた可能性が示唆されました。
この成果は、2013年8月2日(英国時間)に、英国の総合科学誌ネイチャーの姉妹誌「Scientific Reports」に掲載されました。
背景
人間は、平面上に描かれた対象にも奥行きを感じることがあります。たとえば、図1には、複数の立方体が並んでおり、立方体の大きさは画面の下から上に向かって徐々に小さくなるように描かれています。このような配置を見ると、同じ大きさの立方体が手前から奥に向かって並んでいるように解釈し、無意識のうちに現実空間のような奥行きを感じます。さらに、このような平面の画像の中にある物を探すときにも、人間は、現実空間を探索するときと同じように、「地面」の奥行き方向に沿って注意を向けることが知られています。そのため、「天井」よりも「地面」の上の物の違いの方が、すばやく探索することができます。
図1:立方体の「上面」の色が違う条件(左)と立方体の「側面」の色が違う条件(右)
このように地面を優先的に探索する傾向(ground dominance effect:地面優位性効果)は、人間のような地上性の動物にとって意味のある認知方略といえるかもしれません。では、人間よりも樹上で過ごす時間の長いチンパンジーは、人間のように、平面から遠近法を手がかりに奥行きを読み取り、「地面」の上の物をすばやく探索することができるのでしょうか。
研究手法・成果
霊長類研究所の6個体のチンパンジーと10名の成人を対象に視覚探索と呼ばれる課題を行いました。まず、コンピュータの2次元上の画面に、立方体を並べたものを提示しました(図1)。複数並んだ立方体の中に、一つだけ色の違う面を持ったものがあり、この立方体を選んでそれに指で触れると正解として、正解の立方体に触れるまでの時間を計測しました(図2)。
図2:色の違う立方体を選択するアユムという名前のチンパンジー(写真提供:霊長類研究所)
ここで二つの条件を設けました。一つ目は、図1(左)のように立方体の「上面」の色が違う条件です。この条件では、「地面」に沿った、「地面」と平行に見える面の中に違う色が現れます。二つ目は、図1(右)のように立方体の「側面」の色が違う条件です。この条件では、「地面」には沿わない、別の方向に違う色が現れます。もし、「地面」に沿って注意が広がるのだとすれば、「地面」の方向に沿った色の違いをすばやく発見できるだろうと考えました。つまり「上面」の色が違う条件の方が、「側面」の色が違う条件に比べ、発見の時間が短くなるはずです。
5名の成人を対象にこのテストを行ったところ、予想どおり、立方体の「上面」の色が違う条件で、「側面」の色が違う条件よりもすばやく答えました。人間では、「地面」に沿った面に対し、優先的に注意を向けることが明らかになりました。次に、6個体のチンパンジーにも全く同じテストをおこなったところ、チンパンジーも人間とよく似た結果を示しました。
このことから、チンパンジーも、コンピュータのモニタ画面に提示された立方体の配置に3次元の奥行きを感じていること、そして、人間と同様にチンパンジーも、「地面」に沿った面の色の違いをより効率的に探索していることが示されました。
それでは、見下ろすのではなくて、見上げる場合はどうでしょう。図1を180度回転させたものをモニタ画面に提示しました(図3)。こうすると、人間には複数の立方体が同一の「天井」の面に浮かんでいるように見えます。その中に一つだけ色の違う面を持った立方体が含まれており、それを触れれば正解としました。先ほどと同様に、二つの条件を設けました。一つ目は、立方体の「下面」の色が違う条件、つまり、「天井」に沿った、「天井」と平行に見える面の中に違う色が現れる条件です。二つ目は、立方体の「側面」の色が違う条件です。この2条件で、正解を発見するのにかかる時間を計測しました。
図3:立方体の「下面」の色が違う条件(左)と立方体の「側面」の色が違う条件(右)
その結果、「天井」のような上方の面に立方体を配置した場合には、成人でもチンパンジーでも、二つの条件間で時間に差がありませんでした。つまり、下方の「地面」の物を探索する場合とは異なり、上方の「天井」の物を探索する場合には、その面に沿った物の色の違いをより効率的に探索するという効果は見られなかったといえます。
以上の二つのテストから、二つのことが明らかになりました。一つ目は、これまで報告されてきたように、人間では「地面」の上の物は「天井」にある物よりもすばやく見つけられるということが示されました。二つ目は、チンパンジーも人間と同様に、2次元の平面から奥行きを読み取ることができるだけでなく、「地面」上の物をよりすばやく見つけ出せることが明らかになりました。人間に比べ、樹上性の傾向が強いチンパンジーも、人間と同じように「地面」の上の物体により注意を向けていたことから、地上を優先的に探索する能力は、少なくとも人間とチンパンジーの共通祖先において共有されている可能性が示唆されました。今後さらに樹上性や水生の動物とも比較することにより、生息環境と、地面優位性の探索に象徴されるような、環境の認識との関連を明らかにすることができるでしょう。
なお、本研究成果は、伊村講師が、霊長類研究所比較認知発達(ベネッセコーポレーション)研究部門に特定助教として在籍していた期間に得られたものです。また、科学研究費補助金基盤研究(S)「海のこころ、森のこころ-鯨類と霊長類の知性に関する比較認知科学-」(課題番号:23220006)、特別推進研究「認知発達の霊長類的基盤」(課題番号:2002001)などの研究資金の援助のもと本成果を得ることができました。
書誌情報
[DOI] http://dx.doi.org/10.1038/srep02343
Imura, T. & Tomonaga, M. (2013). A ground-like surface facilitates visual search in chimpanzees (Pan troglodytes).
Scientific Reports, 3, 2343.
- 朝日新聞(8月2日夕刊 9面)、京都新聞(8月2日夕刊 1面)、産経新聞(8月2日夕刊 8面)、中日新聞(8月2日夕刊 12面)、日本経済新聞(8月2日夕刊 14面)および毎日新聞(8月2日夕刊 10面)に掲載されました。