2012年11月22日
左から吉田教授、清水助教
吉田潤一 工学研究科教授(合成・生物化学専攻)らの研究グループは、有機ポリマー材料を用いた新規高性能リチウムイオン移動型二次電池の開発に成功しました。
本研究成果は、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載されました。
成果のポイント
- リチウムイオン二次電池の正極物質に最適な分子構造を理論計算により設計
- 設計した分子を導入したポリマーを合成し、リチウムイオン移動型の二次電池を開発
- 高蓄電エネルギー密度(231mAh/g)、高い充放電サイクル特性(500回繰り返し充放電後も83%の容量を保持)、高速充放電(2分間の充電で1時間充電の90%の容量を発現)を実現
背景
二次電池は電子デバイスや電気自動車等に非常に重要な役割を果たしています。今後も、再生可能エネルギーの有効利用のためにもますます重要になると考えられます。数ある二次電池の中でも、リチウムイオン二次電池は、高電圧、高容量の点で有望です。しかし、リチウムイオン二次電池の正極物質には、レアメタルである高価なコバルトなどの重金属が用いられており、そのような重金属のかわりに有機化合物を正極物質に用いる研究が盛んに行われてきました。しかし、高電圧、高容量、高速充放電可能、高サイクル特性のすべてを満たすものは少なく、それらを満たす新規な有機物質の開発が求められています。
研究手法・成果
分子設計
高容量化を実現するためには、可能な限り小さい骨格に電子を蓄える必要があります。入手の容易さ、資源の持続性も考慮して、炭素原子と酸素原子から構成されるケトンに注目しました。ケトンに一電子を蓄えた状態は不安定なので、安定性を向上させるために二つのケトンを連結し環状構造にした環状1,2-ジケトンに注目しました(図1)。まず、どのような環状1,2-ジケトンが最も高電圧を発揮するのか、環の大きさの効果を検討しました。4~6員環1,2-ジケトンであるベンゾシクロブテンジオン(BBD)、アセナフテンキノン(ANQ)、ピレン-4,5-ジオン(PYD)を検討したところ、6員環を有する PYD が、最も高い電圧を示すことを量子化学計算、酸化還元電位の測定により明らかにしました(図2)。最終的には、容量の向上を期待して二つの環状1,2-ジケトンを有するピレン-4,5,9,10-テトラオン(PYT)を正極物質の骨格とすることにしました。
図1:ケトンと環状1,2-ジケトンの構造とその還元状態の構造
図2:環状1,2-ジケトン類の溶液中の酸化還元特性、右に行くほど、電圧が高いことを表す。
黒線: 支持電解質Bu4NBF4、赤線: 支持電解質LiBF4
PYTは2電子2段階の酸化還元挙動を示し(図3)、つまり1分子あたり4電子を蓄えることができ、理論容量は408mAh/gです。また、酸化還元がリチウムに対して、有機物質としては比較的高い約2.8、2.2Vで起きることがわかりました。
図3:PYTおよびその還元状態の構造
ポリマー正極物質合成
PYTは市販のピレンから1段階で合成することができます。一般に低分子量の有機物質をそのまま正極物質として用いた場合には、充放電を繰り返すうちに電解質溶液に溶出し容量が低下します。PYTの場合にもそのような溶出による容量低下がみられました。溶出を防ぐために、PYTをポリマーに結合させることにしました。PYTをつけたメタクリル酸ポリマーPPYTは、PYTから3段階で合成することができました(図4)。本合成は非常に短段階であり、大量合成も容易です。
図4:PYTおよびPPYTの合成
電池性能
PPYTの正極物質としての性能評価を行うために、実際に電池を作成し、充放電試験を行いました。
【高電圧、高容量】
PPYT二次電池は、平均2.8、2.2Vの電圧で、二段階の放電挙動を示します(図5)。初期容量は約231mAh/gであり、この値は、典型的な無機物質を正極物質とするリチウムイオン二次電池(150−170mAh/g)の約1.4倍です。
図5:PPYT二次電池の充放電曲線(0.2C測定、45度)
【リチウムイオン移動型】
二次電池には、リチウムイオンなどのカチオンだけが移動するものと、カチオンとアニオンの両方が移動するものがあります。電池全体の容量を大きくするためには、一方のイオンだけが移動するほうがはるかに有利であり、実際の無機物質を用いたリチウムイオン電池は、充放電にともなってリチウムイオンだけが移動します(リチウムイオン移動型)。そこで、本電池についても、充放電の前後における電極のリチウムの量を測定することで、リチウムの移動量を調べたところ、充放電した電流量(226mAh/g)に相当するリチウム(0.055mg、259mAh/g)が移動していることがわかり、確かにリチウムイオン移動型であることが確認されました。
【高速充放電】
高速に充放電できることも、これからの二次電池にとって重要です。PPYT二次電池は、2分間の充放電(30C測定)においても、1時間の充放電(1C測定)の90%の容量を維持しており、高速充放電が可能であることが判明しました(図6)。
図6:PPYT二次電池の充放電の速度依存性(a)放電特性 (1~30C測定、45度)、(b)充電特性(1~30C測定、45度)
【高い充放電サイクル特性】
繰り返し何回も充放電できること(サイクル特性)も二次電池に要求される重要な性能です。PPYT電池のサイクル特性を調べたところ、500サイクル後の容量(193mAh/g)が初期容量の83%であり、非常に高いことがわかりました(図7)。
図7:PYT、PPYT二次電池の充放電のサイクル特性、PYT(0.2C測定、45度)、PPYT (1C測定、45度)
このように、今回開発したPPYT二次電池は、高電圧、高容量、リチウムイオン移動型、高速充放電可能、高サイクル特性という今後の二次電池に必要不可欠な要素を満たすものです。
波及効果
今回開発したPPYTは性能的には実用レベルに達しています。従って、有機物質を正極物質とするリチウムイオン二次電池の研究・開発が加速され、重金属を用いない大容量電池への応用が早まると期待されます。
今後の予定
安価で安定供給が可能な有機物質を用いる重金属フリー次世代リチウムイオン二次電池の開発へと展開します。
この研究はパナソニック株式会社R&D本部 デバイスソリューションセンター (旧 本社R&D部門 材料・プロセス開発センター)との共同研究で行われました。
書誌情報
[DOI] http://dx.doi.org/10.1021/ja306663g
"Polymer-Bound Pyrene-4,5,9,10-tetraone for Fast-Charge and -Discharge Lithium-Ion Batteries with High Capacity" Toshiki Nokami, Takahiro Matsuo, Yuu Inatomi, Nobuhiko Hojo, Takafumi Tsukagoshi, Hiroshi Yoshizawa, Akihiro Shimizu, Hiroki Kuramoto, Kazutomo Komae, Hiroaki Tsuyama, and Jun-ichi Yoshida. Journal of the American Chemical Society, Article ASAP.
用語解説
リチウムイオン二次電池
正極、負極間をリチウムイオンが移動することで電気を蓄える二次電池。性能の向上を目指した研究が世界中で行われている。
ピレン
ベンゼン環四つから構成される芳香族化合物。
- 日刊工業新聞(11月22日 23面)および日本経済新聞(11月22日 12面)に掲載されました。