原発事故報道、35%の報道関係者が「事実描ききれず」 ~原発事故報道では客観性重視、一般災害報道では被災地に寄り添う内容~

原発事故報道、35%の報道関係者が「事実描ききれず」 ~原発事故報道では客観性重視、一般災害報道では被災地に寄り添う内容~

2012年5月24日


内田准教授

 内田由紀子 こころの未来研究センター准教授らのチームは、2012年3月から4月にかけて、報道関係者115名への「震災報道」についてのアンケート調査を行いました。その結果

  1. 特に原発事故報道では偏らない報道が意識されていた一方で「できあがった報道は事実を描ききれないところもあった」という回答がみられたこと
  2. 原発事故以外の震災報道ではより悲惨さを訴えることが意識されていた一方で、感情に訴えかけるような報道に対する意見には個人差があること
  3. 取材を通じて悲しみ、憤り、苦しみなどの感情を感じた一方で「使命感」も強く感じた記者が多かったこと

が示されました。

目的

 本研究プロジェクトでは、今回の調査に先立って、社会心理学の立場からの取り組みとして、東日本大震災直後の2011年3月から、半年後の9月までの、テレビや新聞の報道分析を行った。この結果から、時期によって焦点化された事象が異なること、中立性やバランスの保持が重視されていたことなどが示唆された。そこで今回の調査では、報道の送り手の方々の認識はどのようになっていたのか、また、どのような経験をされたのかを検証することとし、原発報道とそれ以外の被災地報道を比較した上で、報道関係者個々人のリスク・災害報道に対する考えを明らかにすることを目的とした。

調査概要

 2012年3月6日から4月13日にかけて調査を実施し、115名の報道関係者(新聞社、放送局勤務者)の回答が得られた(男性は55名、女性は13名、無回答が47名)。回答はインターネット上で行われた。原発事故報道およびそれ以外の震災報道の取材について、両方とも取材に行ったとする回答が62名、原発事故報道のみ取材に行ったとする回答が17名、原発事故以外の震災報道のみ取材に行ったとする回答が19名であった。取材地は福島県、東京都、宮城県、岩手県が多く、取材先は被災者や被災自治体、支援者、政府、東電、原発などであった。

 なお、調査項目の構成は次のとおりとした。

  1. 原発報道の取材経験に関する設問
  2. その他一般の震災関連報道の取材経験に関する設問
  3. 災害報道等一般的質問
  4. 自由記述

結果概要

 「報道内容がポジティブ・ネガティブどちらかにも偏らないようにしようとしていた」や「専門家や一般人の意見は一定の方向には偏らないようにしようとしていた」という項目に対しては、肯定的回答(かなりあてはまる・ややあてはまる)と答えた回答者が、一般災害報道では50%台であったが、原発事故報道では65%~75%にのぼった。偏らない報道姿勢は回答者の過半数が意識していたが、特に原発事故報道ではその意識が高かったといえよう。一方で「悲惨さを訴えようとした」については、肯定的回答が、原発事故報道(65%)よりも一般災害報道(80%)で多く見られた。報道が被災地・被災者への共感をもたらすことを意識していたと考えられる。

 「政府や東電などの責任ある立場に対しては批判的視点から報道しようとした」では、原発事故報道の場合、75%を超える回答者が肯定的回答をした。

 また、「できあがった報道が事実に忠実であったか」は、原発事故以外の一般震災報道では8割近くが「非常に」あるいは「かなり忠実」と回答していたのに対し、原発事故報道では、5割に留まり、逆に「事実を描ききれないところがあった」という回答が35%に達した。

 災害報道全般としては、災害報道の視点として、回答者の70%が「災害報道では、被災者の視点に立つべきだ」と考えており、被災地や被災者の報道については70%の回答者が、「災害報道では、悲惨さの中から立ち上がるという記事の構成の頻度が高い」と考えられていた。災害報道と感情の関係については、約半数が「感情に訴えかけることは世論を動かす上で重要である」という見解には否定的で、記者個人によりばらつきがみられた。

 また、取材中最も強く持たれた感情は「悲しみ」であり、次いで「憤り」、「苦しみ」、「怒り」が続いた。しかしその一方で「使命感」も強く感じられていた。

 自由記述からは、反省ややるせなさ、無力感、逆に使命感なども記載されていた。自身も被災された人や、強い恐怖に後々まで苛まれているという回答もあり、災害直後に現地にいた人たちの心身の健康には留意が必要であろう。

まとめ

 本調査は東日本大震災後1年というタイミングで実施されたが、現在進行形としての戸惑い、自問自答、そして使命感が表れている結果となった。原発事故報道では、客観性、中立性を意識しながらも、それらの情報をすべては検証できないままに発信しなければならない困難さが経験されていたようである。しかしそのような中でも情報を精査し、偏らない報道を真摯に心がけようとする人が多かったようである。

 それぞれが事実に向き合い、自分の思いを反映させながらも事実そのものをしっかりと伝えること、また、バランスを保つような報道が心がけられていたようである。一方で被災地報道では、読者や視聴者の感情に訴えかけるもの、あるいは被災者の立場に立ち、思いを知り、それを率直に伝えることがより意識されていたようである。

 これまでのメディア論においては、メディア全体をある種の「集合現象」あるいは「集合体」としてとらえることが多かった。しかし伝えられる情報はとりもなおさず、一人一人の人間、感情を持った個人が取材をし、発信しているものである。特にこのような非常に困難な事態に最前線で直面した報道関係の人々の苦闘と思いを知ることは、今後の災害報道を考える上でも重要なことであると考えられる。

本調査は、京都大学こころの未来研究センター「東日本大震災とこころの未来」プロジェクトの一環として実施されました。

報告書は下記ウェブサイトより閲覧可能です。
http://kokoro.kyoto-u.ac.jp/jp/eqmirai/2012/05/post_13.html

 

  • 京都新聞(5月25日 24面)に掲載されました。