2012年3月20日
松沢哲郎 霊長類研究所教授らの研究グループの研究成果が、3月20日公表の米国学術誌カレント・バイオロジーに掲載されました。
研究の概要
一人のおとなの男性が、民家の軒先から三つのパパイヤを盗った。両手と口にもって持ち運んでいる。今回の研究から結論できるのだが、資源が限られていて他者との競合がきついとき、チンパンジーは立って二足で歩くことが多いことが分かった。そのほうが一度にたくさん運べるからである。 |
今回の研究から結論できることは次のとおりである。限られた資源を独占するために、1回にできるだけ多くの資源を持ち運ぼうとして、われわれの祖先は四足ではなく立ち上がって二足で歩くようになった、と考えられる。.
この研究は、食物資源が限られているときに、チンパンジーたちがどのようにふるまうかを分析したものである。これによって初期の人類ないし人類に近い祖先が、どのようにして二足歩行をするようになったかという過程が解明できる。
今回の観察事実にもとづくと、チンパンジーが四足歩行ではなくて、立ち上がって二足歩行するのは次のようなばあいである。つまり、ある資源を他のなかまにとられないように独占しようとするときである。とくにその資源に限りがあるときや、その貴重な資源にいつ再度でくわすかわからないようなときに、独占しようとして二足で立って持ち歩く。手が自由になる分だけたくさん持ち運べるからだ。
今回の成果は、日英米ポルトガルの4か国の国際チームの研究により得られた。英国ケンブリッジ大学のスザーナ・カルバーリョ博士、英国オックスフォード大学のドラ・ビロ博士、霊長類研究所の松沢哲郎教授の3名が中心である。その結論によると、初期人類は、限られた資源が必ずしもいつも手に入るわけではない、つねに変化する環境で暮らしていた。そうした環境への適応を永年にわたって繰り返すうちに、直立二足歩行が常態化し、それにつれて形態そのものも変化した。つまり、食物その他の資源を争って手に入れる環境のもとで二足歩行に有利な自然選択が働いた、と考えられる。
ケンブリッジ大学人類学・考古学部のウィリアム・マグルー教授によれば、「人間の進化の鍵となる直立二足歩行は、今回の論文が示唆するような、物を持ち運ぶ戦略の結果であり、それが永年にわたって続くことで人間独自の進化の方向に導かれた」という。
化石の証拠がないので、これまで初期人類がいつごろから直立二足歩行をしていたのかについては議論が分かれていた。広く信じられていることとしては、気候変動によって森林が後退し、開けた場所を長距離移動せざるをえなくなった、と考えられている。
しかしながら、今回の新たな発見は、もう一段掘り下げた説明を可能にしている。気候変動による森林の後退にともなう長距離移動が、とくにどのような選択圧がかかって、それが姿勢や移動の形態を変えるようになったのかを明らかにした。
国際チームの結論は、最大限に効率よく貴重な品を持ち運ぶために直立二足歩行になったという、直立二足歩行の運搬起源説である。二足歩行そのものは現生の大型類人猿もすることなので、国際チームは、チンパンジーの行動を調べてどういうときに二足歩行をするのかを明らかにしようとした。チンパンジーは、いつ、なぜ、二足歩行をするのかという研究である。
二つの研究成果を具体的に報告している。最初の研究は、ギニアのボッソウ森林につくった京都大学式の「野外実験場」での研究成果である。この野外実験場で、2種類のナッツを異なる割合で用意して、チンパンジーに提示してみた。アブラヤシは、ボッソウではどこにでもあるナッツだ。もうひとつのクーラ・エデュリスのナッツは、ボッソウにはないものなので、次はいつ手に入るかわからない貴重な品だ。
チンパンジーの行動を、以下の3条件で調べた。 (a)アブラヤシだけが手に入る条件(つまり基準となる対照条件)、 (b) アブラヤシに加えてクーラがほんの少量ある条件(7:2の比率)、 (c)アブラヤシよりもクーラがたくさんある条件 (2:7の条件)である。
クーラがほんの少量ある条件のもとで、チンパンジーは1回にたくさんのクーラを運んだ。同様に、クーラがたくさんあるときは、アブラヤシはまったく無視してクーラだけを運んだ。まず明らかに、チンパンジーにとってクーラは大好きなナッツで、それをめぐる競争も苛烈になることがわかる。
そうした競合場面では、チンパンジーが二足になる頻度が通常(アブラヤシのばあい)の4倍に増加した。二足歩行によってこの貴重な資源をよりたくさん運ぶことができたのは当然だが、さらに、一回の運搬でできるだけたくさん運ぼうとしていることも明白になった。自由になった手だけでなく、口までも使う。
第2の研究は、英国オックスフォードブルックス大学のキムバリー・ホッキングス(Kimberley Hockings)博士が主導したものである。彼女の14か月に及ぶボッソウでの調査中に生じたチンパンジーの畑あらしの記録資料を解析した。人間の畑の作物を盗むので、競合は激しい事態である。その結果、観察事例のうちの35%のばあいで、直立二足歩行ないしそれに類似の行動が見られた。このばあいも、1回の運搬で、貴重な品をできるだけたくさん運ぼうとしていることが明白だった。
研究の結論で言えば、まずチンパンジーはクーラのナッツなどを貴重な限りある資源だと思っている。そうした資源が乏しくて限りがあり、「来たもの順で、最初にきたものが勝ち」というようなばあいには、チンパンジーは直立二足になりやすい。なぜおならそのほうが貴重な品を一度にたくさん運べるからである。
われわれ人類の初期の祖先にとって、気候変動と急速な環境変化によって、予測できない貴重な資源に遭遇することが多くなったと考えられる。そのとき直立二足歩行するもののほうが得だった。1回の運搬でより多くを運ぶためには、形態学的な変化をともなったもののほうが有利に働いた。こうして、直立二足歩行をする選択圧が働くようになった。世代を重ねていく中で、直立二足歩行が常態化していったと考えられる。
関連リンク
- 論文は以下に掲載されております。
http://dx.doi.org/10.1016/j.cub.2012.01.052 - 以下は論文の書誌情報です。
Susana Carvalho, Dora Biro, Eugénia Cunha, Kimberley Hockings, William C. McGrew, Brian G. Richmond, Tetsuro Matsuzawa.
Chimpanzee carrying behaviour and the origins of human bipedality. Current Biology, 22(6), R180-R181, 20 March 2012. doi:10.1016/j.cub.2012.01.052
- 朝日新聞(4月17日夕刊 8面)、京都新聞(3月22日 28面)、中日新聞(3月22日 3面)、毎日新聞(3月23日 28面)および読売新聞(3月22日夕刊 10面)に掲載されました。