2011年11月15日
岩田想 医学研究科教授、村田武士 千葉大学大学院理学研究科特任准教授(独立行政法人理化学研究所生命分子システム基盤研究領域客員研究員)らは、タンパク質ナノモーターであるV型ATPaseの回転軸の詳細構造を世界で初めて解明しました。これによりV型ATPaseの活性調節に関わる新たな領域が明らかになりました。本研究結果は、骨粗鬆症などの疾病に関与するV型ATPaseの活性調節機構の解明に繋がるものと期待されます。
本研究は文部科学省ターゲットタンパク研究プログラム、文部科学省科学技術振興調整費等の支援を受け、横山茂之 理化学研究所生命分子システム基盤研究領域長、西條慎也 東京理科大学基礎工学研究科助教、山登一郎 同教授らとの共同研究として行われました。本研究成果は、米国科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」電子版にて公開されます。
【論文名および著者名】
Crystal structure of the central axis DF complex of the prokaryotic V-ATPase. Proc. Natl Acad. Sci. USA
Shinya Saijo, Satoshi Arai, K. M. Mozaffor Hossain, Ichiro Yamato, Kano Suzuki, Yoshimi Kakinuma, Yoshiko Ishizuka-Katsura, Noboru Ohsawa, Takaho Terada, Mikako Shirouzu, Shigeyuki Yokoyama, So Iwata, and Takeshi Murata
研究の背景と経緯
V型ATPaseは、細菌からヒトまで多くの生体膜中に存在し、水素イオンを運ぶことで膜内外のpHを調整しています。V型ATPaseは骨の形成に関わる破骨細胞やがん細胞の細胞膜にも存在しており、骨粗鬆症やがん細胞の増殖・転移に関与していることが分かっています。そのため、V型ATPaseの分子メカニズムを知ることは、これら疾病の理解や創薬への応用に繋がる重要な知見になると考えられます。本研究では、V型ATPaseの活性調節のメカニズムを明らかにすることを目的に、V型ATPaseの回転軸であるDF複合体の立体構造の解明を試みました。
研究の内容
V型ATPaseは、ATP分解能を持つV1部分とイオン輸送能を持つVo部分から構成されています。触媒頭部(A3B3)をもつV1部分でATPを分解し、そのエネルギーを使って、Vo部分の膜内ローターリングを回転させ、水素イオンを膜の逆側へと輸送するイオンポンプとして機能しています。回転軸はD、F、dサブユニットから形成され、V1部分とVo部分の間に位置し、回転をVo部分に伝達しています(図-1)。当研究グループは、細菌(腸内連鎖球菌)にもヒトV型ATPaseに良く似た酵素が存在することを発見し、その生化学的・構造生物学的研究を進めてきました。今回我々は、本酵素の回転軸であるDF複合体のX線結晶構造解析(分解能2.0 Å)に成功しました(図-2A)。
得られたDサブユニット構造には、これまでに報告されている類似タンパク質構造にはみられない新規のβヘアピン領域が存在していることが明らかになりました(図-2B)。このβヘアピン領域を欠いた変異Dタンパク質を作製し、触媒頭部との結合能やATPase活性への影響を調べた結果、この領域はV型ATPaseの活性調節に関与することが明らかになりました。また、回転軸サブユニット間の結合親和性をSPR(表面プラズモン共鳴)法により調べたところ、DF-d間の親和性は、A3B3-D, A3B3D-F間の親和性よりも弱く、この弱い結合親和性もV型ATPaseの活性調節に関わっている可能性が示唆されました。
今後の展開
本研究により、V型ATPaseの活性調節に関与する新たな領域が明らかになりました。この領域はヒトなどのV型ATPaseにも存在していると推定されます。今回明らかになった知見は、V型ATPaseの活性調節機構の解明に役立つものと期待されます。
- 図-1 V型ATPaseの構造モデル
V型ATPaseは9-13種類のタンパク質からなる超分子複合体で、水溶性タンパク質部分(V1部分)と膜タンパク質部分(Vo部分)からなる。触媒頭部(A3B3)でATPを加水分解し、回転軸(DFd)とローターリング(c)を回転させ、水素イオンを細胞外へ輸送する。
- 図-2 回転軸(DF複合体)のX線結晶構造
A) DF複合体の構造(D:緑、F:赤)
B) Dサブユニットの構造。点線の赤枠内がβヘアピン領域
用語解説
X線結晶構造解析
解析対象のタンパク質を結晶化し、X線照射によって得られる回折データから、タンパク質の原子レベルでの立体構造を決定する手法
SPR(表面プラズモン共鳴)法
センサー表面にタンパク質を固定し、他の分子との相互作用を標識なしに高感度かつリアルタイムに測定できる手法
関連リンク
- 論文は以下に掲載されております。
http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1108810108 - 以下は論文の書誌情報です。
Saijo S, Arai S, Hossain KMM, Yamato I, Suzuki K, Kakinuma Y, Ishizuka-Katsura Y, Ohsawa N, Terada T, Shirouzu M, Yokoyama S, Iwata S, Murata T. Crystal structure of the central axis DF complex of the prokaryotic V-ATPase. Proc. Natl Acad. Sci. USA. Published online before print November 23, 2011. 10.1073/pnas.1108810108.