2011年7月29日
左から村田教授、黒飛特定助教
黒飛敬 化学研究所博士研究員(現 物質-細胞統合システム拠点 特定助教)、村田靖次郎 化学研究所教授の研究グループは、フラーレンC60の内部に1個の水分子を閉じ込め、その構造を解明しました。この研究成果は、7月29日の米国科学誌サイエンス電子版で公開されました。
研究の背景
水は生命・環境・物質にとって、最も身近かつ重要な物質です。水は化学的にはH2Oと表されますが、通常、H2Oはお互いに強く結合した状態で存在し(H2O…HOH)、その結合は水素結合と呼ばれます。水には他の物質には無い特徴的な性質が多くあります。「沸騰温度が高い」、「固体になりやすい(0℃で凍る)」、「氷になると体積が増える」、「酸やアルカリとして働く」、「物質を良く溶かす」、「油とは混じらない」等、これらは全て水の水素結合による性質です。このようなH2Oの集合体としての性質はよく知られているものの、水素結合を全くもたない単分子としてのH2Oに関する研究はあまり例がありませんでした。
研究の概要
今回の研究では、H2O単分子を中空のサッカーボール型の炭素クラスター「フラーレンC60」の内部に閉じ込める方法を開発し、H2Oを内包したC60の構造を明らかにし、さらに、内部のH2Oと外側のC60の性質を調べました。
フラーレンC60の内部には、H2Oが存在するのに充分な大きさの空間があります。しかし、C60それ自身は閉じた構造であるために、その内部にH2Oを挿入するためには、C60上に開口部を設ける必要があります。しかし、後で開口部を完全に修復することを考えると、大きな開口部形成は好ましいものではありません。そこで本研究では、加熱すると自発的に大きくなるという「仕掛け」を施した開口部を形成しました。これは、H2Oが挿入される時だけ開口部が大きくなり、H2Oが入った後は小さな開口部に戻るというものです。この「仕掛け」によって、H2Oを内部に挿入した後に、開口部を完全に修復することができました(図1)。
得られた化合物「H2O@C60」(アットマーク「@」は内包されていることを示す記号)の構造は、ポルフィリンでC60部分の回転を止めることにより単結晶X線構造解析で決定し、内部の水分子が水素結合をまったくもたない単分子であることを証明することができました(図2)。
中空のC60内部に分子を導入すると、1) 内包された分子が外界から完全に隔離され、新しい物性が現れることに加え、2) 内包された分子により、外側のフラーレン骨格の性質を変えることができる、ということが期待されます。本研究の結果、内包されたH2Oは電気化学的には非常に安定であること(通常は、電気分解により、酸素分子と水素分子に分解してしまいます)、またH2@C60ではダイポールをもつこと(中空のC60には無い性質)がわかりました。
- 図1.水単分子を内包したフラーレン「H2O@C60」の合成経路
- 図2.2枚のポルフィリンに挟まれたH2O@C60の単結晶X線構造解析
今後の展開
今回、新たに合成されたH2O単分子は、これまで知られていなかった水の性質を研究する格好の物質となります。また、H2O以外の小分子を内包させることに発展させると、通常の条件では扱いにくい気体分子を固体として取り扱うことができます。一方、フラーレンC60は、有機太陽電池・電子材料・医薬品・化粧品としての応用研究が盛んに行われています。今回の成果は、C60の物理的性質を「分子の内側から制御する」手法を提供するため、そのような物性の性能向上に繋がる可能性があります。
本研究への支援
本研究プロジェクトは、以下の研究費・制度の支援を受けて行われたものです。
- 文部科学省特別経費「統合物質創製化学推進事業」-先導的合成の新学術基盤構築と次世代中核研究者の育成-(北海道大学、名古屋大学、京都大学、九州大学)(本学担当部局:化学研究所 附属元素科学国際研究センター)
- 文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究(研究領域提案型)「高次π空間の創発と機能開発」(領域代表・赤阪健 筑波大学教授)
- グローバルCOEプログラム「物質科学の新基盤構築と次世代育成国際拠点」(拠点リーダー・澤本光男 京都大学教授)
- 文部科学省科学研究費補助金(若手研究(A)、基盤研究(A))(代表・村田靖次郎 京都大学教授)
関連リンク
- 論文は以下に掲載されております。
http://dx.doi.org/10.1126/science.1206376 - 以下は論文の書誌情報です。
Kurotobi K, Murata Y. A single molecule of water encapsulated in fullerene C60. Science 2011;29:July.
- 朝日新聞(8月11日 28面)、京都新聞(7月29日 25面)、中日新聞(7月29日 27面)、日刊工業新聞(7月29日 28面)、日本経済新聞(7月29日夕刊 18面)、毎日新聞(8月27日 22面)および読売新聞(9月5日 17面)に掲載されました。