絶対零度まで凍らないスピンの液体が示す不思議な性質を発見

絶対零度まで凍らないスピンの液体が示す不思議な性質を発見

2010年6月4日


左から山下助教、松田教授

 山下穣 理学研究科助教、芝内孝禎 同准教授、松田祐司 同教授の研究グループは、加藤礼三 理化学研究所主任研究員らの研究グループと共同で、量子力学的な零点振動と幾何学的フラストレーションの効果により、絶対零度まで凍結しないスピンの液体の研究を行いました。この研究により、量子スピン液体状態はこれまで知られていなかった驚くべき性質を極低温で示すことを発見しました。通常電気を流すものは熱を良く伝えます。このような常識に反し、本研究の量子スピン液体状態は、電気を全く流さない絶縁体の状態であるにもかかわらず、金属と同じくらい熱をよく伝えるというもので、絶対零度における物質の全く新しい凝縮状態の理解へつながります。

 本成果は、2010年6月4日に米国科学誌「Science(サイエンス)」に掲載されました。

  • 論文名:
    "Highly Mobile Gapless Excitations in a Two-Dimensional Candidate Quantum Spin Liquid"
    (二次元量子スピン液体における高易動度で ギャップのない励起)
    Minoru Yamashita, Norihito Nakata, Yoshinori Senshu, Masaki Nagata, Hiroshi M. Yamamoto, Reizo Kato, Takasada Shibauchi, Yuji Matsuda

研究の背景と経緯

 温度を下げると水は氷になってしまいます。これは温度を下げると水分子が運動エネルギーを失ってしまい、秩序を持って整列してしまうことによるものです。温度にはこれ以上下がらない絶対零度(-273.15℃)という温度があり、この温度ではすべての運動が完全に停止してしまうと考えられていました。ところが、ミクロな世界を支配する量子力学の法則によると、原子は絶対零度でも揺らぎながら運動することが可能です。ということは、絶対零度でも液体のままでいることが可能であることになります()。

 さて、原子は結晶を組んだ状態においても一個一個がミクロな磁石の性質を持つことがあります。これは原子を構成する電子の自転からくるもので、スピンと呼ばれています。このスピンは、高温ではそれぞれバラバラな向きを向いている(スピンの液体状態)のですが、温度を下げるにしたがって規則的に整列、つまりミクロな磁石の極が一方向にそろった状態(スピンの固体状態)ができます。これが磁石です。これまで絶対零度では、水が氷になるように必ずスピンは整列する、つまりスピンの固体状態になってしまうと考えられてきました。しかし、世の中にはスピンがうまく整列できない状況があります。そのもっとも簡単な例は、三角形に並んだスピンが互いに異なる向きになりたい場合です(図1参照)。このような状況はフラストレーションとよばれ、この関係に陥ったスピンはうまく整列することができないため、先ほどの量子力学的な効果と相まって、絶対零度までスピンも液体状態にとどまることが可能だと期待されてきました。実際、つい最近になって三角格子を持つ物質が合成可能になり、絶対零度でもスピンが整列しない物質が発見されました。これはこれまでの常識を覆すものであり、量子スピン液体と呼ばれ、最近大きな注目を集めています。

    

  1. 図1:スピンの整列とフラストレーション
    スピンの強磁性秩序(a)、反強磁性秩序(b)と三角格子におけるフラストレーション(c)。電子のもつ磁気的性質であるスピンは磁石のN極とS極のように向きを持ち、図にあるように矢印で表すことができる。物質によって (a)のように一方向に整列する性質(強磁性秩序)や、(b)のように反対向きに整列しようとする性質(反強磁性秩序)を持つ物質など様々なものが存在する。互いに反対向きになりたい場合、(b)のような四角格子ではうまく整列することができるが、(c)のような三角格子の場合、異なる向きと隣り合うスピンがあるためにどちらにも向けなくなるフラストレーションが発生する。

研究成果の内容と意義

 京都大学のグループは、理化学研究所の加藤主任研究員によってつい最近発見された量子スピン液体状態を持つ有機物質(図2参照)を絶対零度近くまで冷却し、量子スピン液体がどのように熱を伝えるかを調べました。通常、金属中では電子が自由に動き回ることが可能で、この電子が熱も運んでくれるため、金属はよく熱を伝えます。それに対して、プラスチックや布のような絶縁体では、電子が流れないために熱はほとんど伝わりません。しかしながら本研究により量子スピン液体は、絶縁体であるにもかかわらず、金属に匹敵するほど熱を良く伝えることを発見しました(図3参照)。この驚くべき性質は、スピン液体状態のスピンが単にランダムな方向を向いた普通の液体状態ではなく、全く新しい量子力学的な液体状態であることを意味しています。

    

  1. 図2:三角格子を持つ有機化合物EtMe3Sb[Pd(dmit)2]2
    EtMe3Sb[Pd(dmit)2]2を横から見た図(a)。Pd(dmit)2分子の作る層を上から見たのが(b)の図で、二量体化したPd(dmit)2分子が三角格子を組んでいる。青い矢印は量子スピン液体状態におけるスピンの模式図。二量体化したPd(dmit)2分子が三角格子を組む物質。隣り合うスピンの間の力がほぼ等しく、ほぼ正三角形になっている。

    

  1. 図3:金属、絶縁体、量子スピン液体における熱の流れ
    金属においては自由に動きまわる電子が熱を運ぶが、電子が動けない絶縁体の中では電子は熱を運べない。量子スピン液体物質は絶縁体で電子は全く動けないにもかかわらず、スピンがあたかも金属中の電子のように良く熱を運ぶことが明らかになった。

 量子スピン液体状態の特異な性質を実験的に明らかにすることに成功したことで、絶対零度近くにおける物質の新しい凝縮状態の理解へつながると考えられます。また量子スピン液体状態は、超伝導と密接な関係を持っていることも指摘されており、新しい超伝導発現機構の解明にも役立つと考えられます。

 本研究は、文部科学省科学研究費、およびグローバルCOEプログラム「普遍性と創発性から紡ぐ次世代物理学」のサポートをうけました。

補注

(*)この最も有名な例が液体ヘリウムです。絶対零度近くの液体ヘリウムは普通の液体とは全く異なっていて、粘性がゼロとなりどんな小さな穴でもくぐり抜けてしまう超流動という面白い性質を示します。

関連リンク


 

  • 朝日新聞(6月22日 21面)、京都新聞(6月4日 27面)および日刊工業新聞(6月4日 20面)に掲載されました。