2010年1月8日
京都大学
岐阜大学
山田客員教授
山田泰広 物質-細胞統合システム拠点iPS細胞研究センター客員教授らの研究グループの研究成果が、米国科学誌「Cell Stem Cell」誌プリント版に掲載されることになりました。
- 論文名
"Rest promotes the early differentiation of mouse ESCs but is not required for their maintenance"
「RestはマウスES細胞の初期分化を促進するが、維持には必要とされていない」
Yasuhiro Yamada, Hitomi Aoki, Takahiro Kunisada and Akira Hara
ポイント
- Rest遺伝子は、マウスES細胞の多能性の維持に必要ではないことを確認
- Rest遺伝子は、マウスES細胞の初期分化を促進することを確認
- ES細胞やiPS細胞の分化誘導法開発に貢献することを期待
要旨
ES細胞(胚性幹細胞)は、受精後6、7日目の胚盤胞注から細胞を取り出し、それを培養することによって作製される多能性幹細胞の一つで、あらゆる組織の細胞に分化することができます。iPS細胞(人工多能性幹細胞)とともに、将来、再生医療への応用が期待されていますが、ES細胞の初期分化のメカニズムを解明することは重要な課題の一つです。
山田泰広 岐阜大学大学院医学系研究科准教授/京都大学物質-細胞統合システム拠点iPS細胞研究センター客員教授/独立行政法人科学技術振興機構さきがけ研究員らの研究グループは、神経抑制因子Restを欠失させることにより、Rest遺伝子がマウスES細胞の多能性維持に必ずしも必要ではないこと、およびRestがマウスES細胞の初期分化で、多能性遺伝子発現の抑制に関与していることを見出しました。
この研究成果は、マウスES細胞の未分化維持や初期分化のメカニズムを解明するもので、ES/iPS細胞研究の進展をもたらす知見と考えられ、上記の多能性幹細胞からの分化誘導法の開発に貢献することが期待できます。
研究の背景
ES細胞の多能性は、Oct3/4, Sox2, Nanogを含む遺伝子のコア回路における調整された発現より維持されています。神経抑制因子であるRest(Nrsfとも呼ばれる)は、ES細胞で高発現し、Oct3/4-Sox2-Nanog転写調節ネットワークのターゲット遺伝子として知られていますが、Restの多能性維持における機能的重要性については議論が分かれています。RestがOct3/4, Sox2, Nanogなどの自己複製遺伝子を誘導することにより、多能性が維持されているとする報告がある一方で、Restを欠損させたES細胞では、野生型と比較すると、Oct3/4たんぱく質レベルやアルカリファスフォターゼの活性に有意な差はないので、未分化性維持に関与していないことを示す報告もあります。本研究では、マウスES細胞の多能性維持のメカニズムを解明するために、ES細胞株とRestの対立遺伝子をノックアウトしたマウスを作り様々な実験を行いました。
研究成果
(1)Rest遺伝子はマウスES細胞の多能性維持に必要ではない
Restホモ欠失ES細胞(以降、Rest-/-ES細胞と表記)を作製し、野生型ES細胞と比較したところ、増殖や形態に関して明らかな違いは確認できませんでした。また、多能性遺伝子であるOct3/4, Sox2, Nanogの発現にも変化が見られませんでした。さらに、マウスの皮下組織にRest -/-ES細胞を注入したところ、三胚葉を含むテラトーマ(奇形種)が形成され(図(1))、さらにキメラマウスの作製にも成功しました。これらの結果は、Rest遺伝子はES細胞の多能性維持に必要ではないということを示唆しています。
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- 図(1) Rest-/-ES細胞をマウスに注入して形成されたテラトーマ(奇形腫)(左)とキメラマウス(右)
(2)Rest遺伝子は、マウスES細胞の初期分化を促進する
原始内胚葉への分化を促進する転写因子Gata4とGata6は、コンフルエントの培養条件では、Rest -/-ES細胞では有意に発現が抑制されたことを確認しました。またRest-/-ES細胞から胚様体を作製し、野生型ES細胞から作製された胚様体と比較しました。すると、胚様体表面ではGata4、Gata6を発現する細胞数の減少が観察できました。つまり、Rest遺伝子が欠失している場合、マウスES細胞の原始内胚葉への分化を妨げることを示唆しています。一方、Nanog, Oct3/4, Sox2の発現は、Rest-/-ES細胞の胚様体では、有意に高発現していました。この結果は、ES細胞の初期分化時に、Rest-/-ES細胞では自己複製遺伝子の抑制が遅延され、初期分化の抑制を引き起こす可能性を示しています。
また、Restを導入したES細胞を樹立し、Restを強制発現させたところ、ES細胞は急激に上皮細胞のような形へと形態が変化しました。そのRest-ES細胞では、自己複製遺伝子は有意に低発現でしたが、Gata6は高発現していました(図(2))。また、胚盤葉上層マーカーのFgf5の発現も有意に低いことを確認しました。さらに、胚様体表面でのGata4発現細胞の増加も観察されました。このようにRestの強制発現は、ES細胞を原始内胚葉への分化を促進することを見出しました。
これらの結果は、Rest遺伝子がES細胞の初期分化を促進する可能性を示しています。
- 図(2) RestをES細胞で強制発現させた場合の遺伝子発現
薬剤ドキシサイクリン処理の有無別にNanog, Oct3/4, Gata4, Gata6, Fgf5の発現の変化を示している。ドキシサイクリンの有無により、Rest遺伝子発現を調整。
今後の展開
ES細胞の多能性維持に関して、Oct3/4- Sox2- Nanog転写調節ネットワーク活性化が重要な役割を持つことは広く受け入れられていますが、その活性化解除による初期分化誘導メカニズムは解明されていません。本研究では、Rest遺伝子の機能を分析することにより、その一部を解明しました。即ち、Restの欠失は、多能性遺伝子の遅延抑制を引き起こし、Restの過剰発現は、多能性遺伝子の発現抑制につながることがわかりました。このことは、Nanog遺伝子で顕著に観察でき、ES細胞の初期分化において、RestがNanog発現のサイレンシングに関与していることを示唆しています。また、RestがNanogを介したネガティブフィードバックループによりES細胞の初期分化を促進することを見出しました。
本研究では、RestがES細胞の最も初期の分化に関与する因子であることが明らかとなり、ES細胞やiPS細胞の未分化性維持、および初期分化のメカニズムの理解に重要な進展をもたらす知見と考えられます。これらの知見は、ES/iPS細胞からの分化誘導法の開発やiPS細胞の効率的な誘導法開発に貢献することが期待できます。
本研究への支援
本共同研究は、下記機関より資金的支援を受け実施されました。
独立行政法人科学技術振興機構(JST) 「さきがけ iPS細胞と生命機能」プロジェクト
独立行政法人科学技術振興機構(JST) 「山中iPS細胞特別プロジェクト」
独立行政法人日本学術振興会「科学研究費補助金」
厚生労働省「第3次対がん10か年総合戦略研究事業」
- 京都新聞(1月8日 23面)、日刊工業新聞(1月8日 25面)、毎日新聞(1月8日 2面)および読売新聞(1月8日 2面)に掲載されました。