2009年11月4日
左から五味 香川大学農学部助教、高林 生態学研究
センター教授、佐藤 横浜植物防疫所次席調査官
高林純示 生態学研究センター教授、佐藤雅 横浜植物防疫所次席調査官(前 九州沖縄農業研究センター研究員)、五味剣二 香川大学農学部助教らの研究グループの論文が「The Plant Journal」誌に掲載されることになりました。
- 論文名
Role of hydroperoxide lyase in white-backed planthopper (Sogatella furcifera Horváth)-induced resistance to bacterial blight in rice, Oryza sativa L.
(セジロウンカ食害が誘導する白葉枯れ病に対するイネ抵抗性におけるヒドロペルオキシドリアーゼの役割)
研究成果の概要
図1:セジロウンカ(左:雌、右:雄)
セジロウンカ(図1)は東南アジアの稲作における主要な害虫の一種で、他のウンカであるトビイロウンカなどと一緒に中国やベトナムで特に大きな被害を与えています。日本では、東南アジアで栽培されているインディカ品種と違い、栽培されているイネの品種が産み付けられた卵を殺してしまう作用を持つこともあり、セジロウンカの増殖が抑えられるのでそれほど重要な害虫となっていません。
九州沖縄農業研究センターの菅野らにより、「九州地方においてセジロウンカが発生する時期は、日本の稲作において最も深刻な病気であるいもち病の発生時期と重なるが、このセジロウンカの発生面積といもち病の発生面積を年次ごとに比較したところ、セジロウンカの発生面積が多い年にはいもち病の発生が少ない傾向がある。」ということが明らかにされ(菅野ら 2002)、これはセジロウンカに加害されたイネは、いもち病に対しての抵抗性が強くなっている可能性があるということを示しています。この現象はすぐさま実験室レベルで検証され、確かにセジロウンカの加害を受けたイネはいもち病に強くなるということが菅野らによって証明されました(Kanno and Fujita 2003、Kanno et al. 2005)。この発見がきっかけとなり、「イネにおける間接防衛の誘導機構」の詳しい解析を九州沖縄農業研究センターや香川大学と共同で推し進めることになりました。
セジロウンカの加害を受けたイネは白葉枯病に対しても強くなる
まず私達は、セジロウンカの加害によってイネに付与される抵抗性がいもち病だけに効果があるのかどうかを検証しました。いもち病菌はカビですので、それとは感染様式が大きく異なる病原体として、白葉枯病を引き起こす細菌を用いました。白葉枯病は日本ではそれほど重要な病害ではありませんが、東南アジアなどでは最も深刻な病害のひとつになっています。イネにセジロウンカを24時間加害させてその後セジロウンカを取り除き、そこに白葉枯病菌を接種すると、セジロウンカを加害させなかったイネに比べて有意に病気の進行が抑えられることが明らかとなりました。このことから、セジロウンカの加害によって誘導される抵抗性は、カビ病のみならず細菌病においても効果があることが明らかとなり、ある特定の病原体に限定された抵抗性ではなく幅広く様々な病原体に対して効果を発揮する抵抗性であることが示唆されます。次に圃場レベルでの検証をしました。実験圃場にセジロウンカを放した区域と放さない区域を設け、それぞれの区域に対する白葉枯病の進行の度合いを測定したところ、セジロウンカを放した区域の方が有意に病気の進行が抑えられました。
イネはセジロウンカを認識して間接抵抗性を誘導する
イネはセジロウンカの加害の何を認識して抵抗性が誘導されるのでしょうか?セジロウンカはイネに針のような口を突き刺し栄養分を吸う、吸汁性昆虫です。そのため、加害されたイネには「傷」がつきます。この吸汁行動による物理的な傷が原因で抵抗性が誘導されるのでしょうか?それを検証するため、私達は極細の針を用いて、イネにプスプスと何回も刺して人為的に傷をつけたときの白葉枯病抵抗性を検証しました。その結果、傷をつけない健全イネと全く同じような病気の進行度合いを見せたことから、物理的な傷害がこの抵抗性を引き起こす要因ではないことが明らかとなりました。さらに、セジロウンカの加害領域をイネの根元付近に集中して、白葉枯病菌の接種は上部の葉に行います。こうすることによって、セジロウンカの加害された領域と白葉枯病菌の病気が起こる領域を完全に分離しました。そうすると興味深いことに、このような場合でも有意に抵抗性が誘導されました。この現象は、菅野らのいもち病菌を用いた実験でも既に見られており(Kanno and Fujita 2003、Kanno et al. 2005)、イネはセジロウンカの加害を認識し、それを「シグナル」に変換して、いもち病や白葉枯病に共通する「抵抗性シグナル伝達機構」を発動するということが明らかとなりました。
さて、同じような吸汁様式を示すイネを加害するウンカは他にも存在します。他のウンカ類とイネの組み合わせのときでも、この抵抗性が誘導されてもおかしくありません。そこで、私達は他のウンカとしてトビイロウンカを用いて同じような実験を行いました。そうすると大変興味深いことに、トビイロウンカを同じ時間、同じ頭数加害させてもイネは白葉枯病に対する抵抗性がほとんど強くなりませんでした。このことは、イネはセジロウンカとトビイロウンカを違う生物として「認識」していることを示しており、また、各ウンカに対するイネ体内の反応が違うということを示しています。
分子レベルでの研究
このように、様々な現象を検証することで、セジロウンカの加害によってイネが「変化」していることが明らかとなりました。では何が変化しているのでしょうか?私達はセジロウンカの加害を受けたイネと、トビイロウンカの加害を受けたイネに起こっている遺伝子発現の網羅的な比較を試みました。その結果、セジロウンカ加害でのみ強く発現する遺伝子を多数発見しました。これらの遺伝子の中には、様々な植物と病原体の相互作用研究においてすでに明らかとなっている病害抵抗性関連遺伝子が多数含まれていました。本論文では、そのような遺伝子の中の一つで、緑のかおり(緑茶のかおりの主成分)の生産に重要な働きを持つhydroperoside lyase 2 (HPL2)に注目しました。セジロウンカの食害で緑のかおりの主成分の一つである青葉アルデヒドという成分が増加しましたが、トビイロウンカの加害では増加しませんでした。青葉アルデヒドは白葉枯病菌の成長を抑制しました。青葉アルデヒドに暴露されたイネでは白葉枯病の抵抗性が高まりました。さらに遺伝子組み換えによってHPL2遺伝子を過剰に発現させたイネでも、白葉枯病の抵抗性が高まりました。これらの結果より、セジロウンカの加害で特異的に誘導される青葉アルデヒドが、病害抵抗性に重要であると言えます。
引用文献
菅野紘男・佐藤雅・平八重一之・中島隆・藤田佳克(2002)寄主イネを介するセジロウンカといもち病菌間の相互作用.植物防疫 56:463-465.
Kanno, H., and Fujita, Y. (2003) Induced systemic resistance to rice blast fungus in rice plants infested by white-backed planthopper. Entomol. Exp. Appl. 107, 155-158.
Kanno, H., Satoh, M., Kimura, T., and Fujita, Y. (2005) Some aspects of induced resistance to rice blast fungus, Magnaporthe grisea, in rice plant infested by white-backed planthopper, Sogatella furcifera. Appl. Entomol. Zool. 40, 91-97.
- 朝日新聞(11月24日 17面)、京都新聞(11月5日 25面)、産経新聞(11月5日 25面)、日本経済新聞(11月5日 38面)、毎日新聞(11月19日 22面)および読売新聞(11月22日 2面)に掲載されました。