世界最高性能の大容量SiCトレンチMOSFETを実現

世界最高性能の大容量SiCトレンチMOSFETを実現

2009年10月7日

 このたび、京都大学大学院工学研究科 木本 恒暢 教授は、ローム株式会社と共同で、世界最高性能のSiC(シリコンカーバイド:炭化珪素)パワーデバイスの開発に成功しました。

 写真は木本教授

研究成果の概要

 工学研究科の木本恒暢教授はローム株式会社との共同研究により、従来は大電流化が難しいとされていたSiC(シリコンカーバイド:炭化珪素)を用いた大面積トレンチゲート縦型MOSFETで、大幅な大電流化を実現、単チップ300A駆動に成功しました。このデバイスの開発により、これまで実現できていなかった大電流電力変換モジュールへのSiCデバイス適用の可能性が大きく広がり、省エネ時代を支える技術として大きく前進しました。

 今回の開発成果は、エピタキシャル成長プロセスにおける結晶欠陥の低減によるデバイスの大面積化(従来のチップ面積3mm角から4.8mm角)と、トレンチゲート構造による低オン抵抗化(従来のものに比べて、約20%低減)の実現によるものです。高い耐圧を維持しながら、極めて低いオン抵抗を有するMOSFETを大面積チップで作製することに成功し、当該分野の世界水準である10-50Aを桁違いに上回る単チップ300Aの大容量化を達成しました。従来のSiデバイスをSiCデバイスに置き換えるだけで電力変換モジュールの大幅な小型化と高効率化ができる目途をつけたと言えます。

 近年、パワーエレクトロニクスの分野では電力変換時に半導体デバイスで消費される損失が問題となっており、エコロジーの観点からもさらなる低損失化を目指して、Siよりも材料物性の優れたSiCによるパワーデバイス開発が活発になってきています。木本教授とロームでは、これまでにSiCプレーナー構造MOSFETをさらに低オン抵抗化するために、SiCトレンチ構造MOSFETの開発に取り組み、3mm角チップで100A駆動に成功しています。しかしながら、電気自動車、送電、鉄道などの電力変換用モジュールでは、最低でも600A前後の電流容量が必要とされ、現在は200~300Aを出力可能な1cm角を越えるSiパワーデバイスの大面積チップ数個を並列接続して必要な電流容量を得ています。これをSiCデバイスで置き換えるためには、Siデバイスと同等の電流容量に近づける必要がありました。電力変換モジュール等に使う半導体の大電流化には、オン抵抗の低減とチップの大面積化が必要ですが、SiCデバイスは低オン抵抗化については優れた特性を持っているものの、面積を大きくするにつれてデバイス不良の原因となる結晶欠陥が増加することが大面積化の大きな障害となっていました。そのため、これまで数百Aを得るためには多数のチップを並列接続する必要があり、配線する上で実用的ではありませんでした。

 今回の研究成果のポイントは以下の通りです。

  • 大電流化(大容量化)を達成するためには、チップ面積を大きくする必要があります。しかし、従来はSiC特有の多数の欠陥が存在するため、大面積のチップを作製するとデバイスが正常に動作しないという課題がありました。今回、デバイスを作製する活性層となるSiCエピタキシャル成長におけるプロセス技術の改善により、ウエハに存在する結晶欠陥の悪影響を大幅に低減しました。
  • 従来のDMOSFETに比べて、微細化、集積化に適した構造であるトレンチ型のSiC MOSFETを作製しました。トレンチ構造は、プレーナ構造に比べて高いチャネル移動度を活用できること、JFET抵抗がなく低抵抗化(低損失化)が容易であること等の利点がありますが、一方で、側壁に良質の酸化膜を形成することや、高い耐圧を得ることが困難であるという欠点がありました。今回、作製プロセスの改良を重ねること、および絶縁破壊を抑制する工夫を用いることにより、高性能(オン抵抗を20%低減することにも成功)トレンチ型MOSFETを実現しました。

    

  1. 図1: 今回開発した大面積SiC トレンチMOSFETのオン特性(左)とチップ写真(右)

  1. 図2: 今回開発した大面積SiC トレンチMOSFETのL負荷スイッチング波形(左)測定回路(右)

 こうした改善の結果、電流容量を従来の100Aから300Aへと大幅に大容量化することができました。当該分野の研究開発では、10-50Aが世界水準となっていますので、桁違いの大容量化に成功したと言えます。

 今回開発した技術により、世界的に急速な普及が予想されるハイブリッド車電気自動車や、送電、鉄道などの分野に用いられている大電流Siパワーデバイスを、より低損失なSiCデバイスに置き換えられる可能性が大きく広がり、エネルギー問題、地球環境問題という観点からも世界に大きく貢献できると考えられます。多くの機関が、SiCパワーデバイスのインパクトを試算していますが、2020年頃には日本国内だけで原子力発電所 数基分の電力消費を削減できると予測されます。あらゆる電気機器における電力消費(廃熱)の低減が喫緊の課題となっていますが、本研究成果は、この問題の解決に大きく貢献できると考えられます。

 なお、今回の成果の一部は、文部科学省知的クラスター創成事業 京都環境ナノクラスター(中核機関 財団法人京都高度技術研究所)における研究成果の活用によるものです。