どうして、せっかく合成した細胞内小器官を分解しなくては生き延びていけないのか?- オートファジーとカビの植物感染 -

どうして、せっかく合成した細胞内小器官を分解しなくては生き延びていけないのか?- オートファジーとカビの植物感染 -


左から高野准教授、阪井教授、朝倉研修員

 阪井康能 農学研究科教授、高野義孝 准教授らの研究グループは、栄養成分が少なく厳しい自然界に棲息する微生物にとって、オートファジー(自食作用)によるオルガネラ(細胞内小器官)分解が、そこで生き延びるための生存戦略として、極めて重要なことを初めて明らかにしました。
   オルガネラ分解を抑制すればカビは植物に感染できなくなるので、新しい農薬を開発するための、創薬ターゲットとして期待されます。

 この研究成果は米国「Plant Cell」誌オンライン版に掲載されました。

  • 掲載誌:Plant Cell, Vol.21, in press (2009)
  • 朝倉万琴 (農学研究科 応用生物科学専攻 研修員)
    高野義孝 (農学研究科 応用生物科学専攻 准教授)
    阪井康能 (農学研究科 応用生命科学専攻 教授、JST, CREST)

研究成果の概要

 オートファジー(自食作用)という細胞内分解が最近、注目されている。細胞がわざわざエネルギーを使って、自分自身の細胞質を液胞に運び分解するためのシステムで、単細胞である酵母やカビから高等動植物まで、真核生物に広く保存されている。オートファジーは、タンパク質のような高分子だけでなく、他の分解システムでは分解できない巨大な分子集合体である細胞内小器官(オルガネラ)もまるごと分解する。以前、酵母細胞を用いてそのメカニズムについて調べ、Atg26というステロールグルコシド合成酵素が、オルガネラの一つであるペルオキシソームの分解を活性化することを明らかにしていた(阪井グループ EMBO J 2003)。しかし細胞が、どうして、ペルオキシソームをわざわざ分解をしているのか、その理由・生理機能がわかっていなかった。高野グループは、キュウリに感染して炭疸病を引き起こす植物病原性のカビ(ウリ類炭疽病菌)が、その感染のために必要とする遺伝子を多数、同定していたところ、その中にAtg26をみつけ、阪井グループとの共同研究が始まった。

 高野グループの以前の研究で、ペルオキシソームを合成できないと植物病原性カビが植物に感染できなくなることがわかっていたが(Plant Cell 2001)、今回の研究で明らかになったことは、

  1. 実際に、葉上で感染中のカビでオルガネラ分解が起きていること
  2. オルガネラがうまく分解されないと、植物病原性カビが宿主に感染できなくなること

である。すなわち、細胞が、わざわざ(エネルギーを使って)オルガネラ分解を行っていることの生理的な意味が初めて明らかになった。

 オートファジーは、ヒトでは、新生時などの飢餓条件における栄養のリサイクリング、分化や細胞死における細胞構造のリモデリング、病原体への防御、免疫機能など、様々な局面に機能することが知られているが、特定のオルガネラを選んで分解する理由についてはわかっていなかった。今回の研究は、栄養成分の少なく厳しい自然界に棲息する微生物にとって、オートファジーによるオルガネラ分解が、そこで生き延びるための生存戦略として、極めて重要なことを初めて示したものである。植物病原性カビにとっては、植物に感染してそこで生き延びるか、感染できずにそのまま死んでしまうかは生死の瀬戸際。そのためにオルガネラの生合成および分解が巧みに制御されていた。応用方面の展望としては、オルガネラ分解を抑制すればカビは植物に感染できなくなるので、今後、メタボローム研究などと組み合わせることにより、新しい農薬を開発するための、創薬ターゲットとして期待できる。

共同研究開始の秘話: 阪井教授

 以前、Atg26がオルガネラ分解に必要である、という論文を発表する直前に、同じ農学研究科の高野准教授が、植物病原性カビが感染するのに必要な遺伝子を多数分離し、その中にペルオキシソーム形成に必要なPEX6遺伝子が必要であることをPlant Cellに報告していた。そのことを、ドイツの共同研究者からのメールで、初めて知った。同じ研究科とはいえ、面識のまったく無かった高野准教授に電話をかけて、手持ちの変異株の中に、Atg26があるかどうか、尋ねたところ、あるとのことで、早速、共同研究を開始。同じ建物の中で、ほぼ同時に、全く異なる方法で、酵母とカビの同じ突然変異株、遺伝子を同定していたのには本当にびっくりした。今回の研究成果は、幸運な出会いから生まれたものである。

国際学会開催とオートファジー研究における日本の先進性

 オートファジー研究は、日本がパイオニアとなって進んだ得意な研究分野で、2005年には、米国"Science"誌が発表した最も注目すべき分野の一つに選ばれている。1997年に最初の第1回 オートファジーに関する国際会議が日本で開催された後、それを追いかけるように米国でもGordon conference, Keystone symposia, が、ヨーロッパでも、EMBO meetingが開催されるようになりました。

 なお、本年9月24~28日には、阪井を組織委員長とした国際会議"The 5th International Symposium on Autophagy"が、約30人の海外からの招待講演者を招聘して、大津で開催される予定です。

 詳しくは、以下のURLをご参照ください。

 

  •  京都新聞(4月21日 27面)および日刊工業新聞(4月21日 30面)に掲載されました。