がん抑制遺伝子不活性化によるがん化に対抗する生体の防御機構を解明

がん抑制遺伝子不活性化によるがん化に対抗する生体の防御機構を解明

2009年4月7日


左からシャムマ 研究員、高橋 研究員

 高橋智聡 医学研究科 研究員(平成20年3月まで、医学研究科21世紀COEプログラム特任准教授)らの研究グループは、ヒトの最も重要ながん抑制遺伝子の一つである「レチノブラストーマ遺伝子」が不活性化しても、すぐには細胞ががん化しないように誘導される生体防御反応が存在すること発見、その機構を解明しました。

 今後のがん予防・がん治療研究に重要な視点を提供する発見として、米国科学誌Cancer Cell(4月6日オンライン版、7日冊子体発行)へ掲載されることになりました。

  • 掲載誌 Cancer Cell (米誌)2009年4月6日号(オンライン版)、冊子体は翌7日
    責任著者 高橋智聡
    筆頭著者 シャムマ アワド研究員(平成20年3月まで、医学研究科21世紀COEプログラム特任助教)
    タイトル Rb Regulates DNA Damage Response and Cellular Senescence through E2F-dependent Suppression of N-Ras Isoprenylation

研究成果の概要


Rbとp16の同時欠損

RbとSuv39h1の同時欠損

 ヒトがん発症には、がん遺伝子の活性化や、がん抑制遺伝子の不活性化が深く関わります。
  がん抑制遺伝子Rbの産物(Rb蛋白質)の不活性化は、ヒトの進行がんの大半で観察されます。しかし、Rb蛋白質不活性化のみでがんが生じることは稀です。すなわち、発がんの進行過程では、Rb不活性化に加え、少なくとももう一種類の変異が蓄積することが必要だと思われております。
  高橋研究員らのグループは、遺伝子変異マウスを用い、甲状腺のC細胞(カルシトニン産生細胞)では、Rb不活性化が細胞の増殖を促進する一方、DNA損傷応答と細胞老化というむしろ細胞の増殖を抑制する働きも促進することを見い出しました。今回発表した論文では、とくに細胞老化の抗発がん作用に注目し、Rbと同時に細胞老化を担う遺伝子も両方欠損するマウスを作ったところ、高率に悪性腫瘍を生じました。生体の細胞老化の働きが、Rb不活性化によって引き起こされる細胞がん化に拮抗することの証拠となりました。
  では、なぜRb不活性化は細胞老化を引き起こすのか。同グループは、Rb不活性化がその直近の標的であるE2Fファミリーの活性化を介し、N-Ras蛋白質の成熟に必須である「イソプレニル化」というステップを促進する酵素群や転写因子群の発現を異常に亢進させることを見つけました。これによって成熟が加速され「緩やかに」活性化したN-Rasは、細胞老化を担当する遺伝子群の発現のスイッチを入れるのです。(*緩やかにとは、発がん性の突然変異が導入された時ほどには強くないが、正常=Rbが不活性化していない時よりは有意に強く活性化されるということ)。

意義

 同研究は、代表的ながん抑制遺伝子であるRbが不活性化しても、すぐにはがん化が起こらないようにバランスをとる、いわば「生体防御」メカニズムの一端を解明しました。このメカニズムをより深く理解することは、「がん予防」への足がかりになるでしょう。また、同研究では、長年その本態が不明であった「プロト癌遺伝子産物であるN-Rasの活性がRbによって制御される経路」を解明しています。甲状腺C細胞の場合は、Rb欠損によるN-Rasの活性亢進は、細胞老化というがん化に拮抗する働きを促進しました。しかし、組織によっては、N-Rasの活性亢進は、Rb不活性化と協調し、むしろがんの進展を促進する可能性があります。また、イソプレニル化によって成熟する蛋白質は、N-Rasのほかにもたくさんあり、よって、この研究成果は、Rb不活性化の観察されるがんに対してイソプレニル化阻害剤を治療薬として適応する論理的基盤にもなるでしょう。

 

  • 朝日新聞(4月7日 25面)および京都新聞(4月7日 3面)に掲載されました。