体温調節機構における大きな謎-暑がり変異体を発見!-

体温調節機構における大きな謎-暑がり変異体を発見!-

2009年3月27日


 


共同研究者の加藤詩子 助教(左)、
梅田真郷 教授(右)

 梅田真郷 化学研究所教授らの研究グループは、キイロショウジョウバエの遺伝子解析により、体温調節の仕組みを解明しました。この研究は、京都大学化学研究所と東京都医学研究機構・臨床医学総合研究所のグループならびに東北大学大学院生命科学研究科の山元大輔教授のグループが中心となり、兵庫医科大学、三菱化学生命科学研究所、理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター、京都大学大学院工学研究科との共同研究により行われたものです。

 なお、この研究成果は、3月26日発行の米国科学誌「サイエンス」誌に掲載されました。

研究の背景

 生物の進化の歴史が示しているように、環境温は生物種の存亡を左右する最も強い要因の1つです。地球の寒冷化と温暖化の繰り返しの中で、環境温の変化に適応できる能力を備えたあるいは獲得した生物は生き残り、適応することの出来なかった生物は絶滅していきました。一方、生物は進化の過程で、環境温の変化に対して体内の温度環境を適正な状態に保つための巧妙な様々な仕組み、いわゆる体温調節機構を獲得してきています。私たちが汗をかいたり、服を脱いだり、あるいはヘビがひなたぼっこするのも体温調節機構の一環です。このような体温調節機構における大きな謎の1つは、それぞれの生物種あるいは各個体に至適な体温がどのように決まっているかということです。体温は、生物が進化の過程で獲得した食性とエネルギー代謝系、温度環境や気候風土とも密接に関連しており、またその生物が生存できる土地を決める大きな要因でもあります。生物は自分の至適な体温をどのようにして決めているのだろうか?「暑がり」と「寒がり」はどう違うのだろうか?私たちは、このような疑問に答えるべく研究を開始しました。

研究の成果

 生物に備わる仕組みを理解するには、大別して2つのアプローチがあります。1つは、数多くの例を調べあげて、そこに共通するルールを導きだすことです。いま1つは、例外を見つけ出して、その理由を明らかにすることです。例外にも必ず訳がありますから、例外の例外たるゆえんを明らかにすることにより、その背後にある一般的なルールを知ることができます。私たちのアプローチは後者にあたります。


図1.アツガリのショウジョウバエ
キイロショウジョウバエ (Drosophila melanogaster) は、今から約1万年から1万6千年前にアフリカ中央部からヨーロッパ・全世界へと生息域を広げた。

  私たちは、研究対象としてキイロショウジョウバエを選び、その幼虫の好きな温度を定量的に解析する装置を開発しました。25℃で育ったハエの幼虫は22~23℃の温度領域を選択することがわかりましたので、そこで、例外的な温度を選択する突然変異体のスクリーニングを行いました。その結果、低温を好む変異体atsugari、高温を好む変異体samugari、温度環境に無頓着なatsusashirazu等の変異体が同定できました。今回の研究では、低温選択性変異体atsugariatu変異体)についてさらに解析を進めました。遺伝子解析の結果、atu変異体はヒトの筋ジストロフィー疾患に関わるジストログリカンという糖タンパク質の発現低下により引き起こされていることが明らかになりました。また、atu変異体は低温嗜好性ばかりでなく、低温でも生きることができる低温耐性の変異体でもあることも分かりました。ジストログリカンの発現低下がどのようにして低温嗜好性の行動を生み出すのか、まだ不明の点が数多く残されていますが、これまでに明らかになった点を図2に模式的に示します。要約すると、ジストログリカンの発現低下によって細胞内のカルシウムイオン( )濃度が上昇し、それが引き金となってエネルギー代謝の亢進が起き、酸素の要求性が高まったことが低温選択行動を誘導する大きな原因であることが明らかとなりました。この実験結果により、変温動物であるハエは、酸素濃度を検知することにより体内のエネルギー代謝の状態を把握して、行動による体温調節(行動性体温調節)を行っていることが示唆されました。


図2.atu変異体における低温選択行動の誘導メカニズム

研究の意味するところ

 ジストログリカンが自然界において動物の温度に対する行動や耐性について何らかの役割を担っているかどうかは今後の研究を待たねばなりませんが、この実験によりある1つの遺伝子の変化が温度に対する行動と耐性という2つの異なった形質に大きな影響を与えることが明らかとなりました。このような遺伝子の変異が繰り返されることにより、温度に対する生物の様々な生理反応や行動が形作られ、生物の生存域も拡大してきたと考えられます。また、この研究は人為的に様々な温度で生存する動物を作製することが可能であることも示唆しています。
  一方、生物における体温調節の基本は生物個体における熱の産生・吸収と放散の平衡であり、それは生物の食物の摂取とそれを基づくエネルギー代謝とも密接に関連しています。現代社会における食料生産の商業化とそれに伴う食生活の均一化・食風土の崩壊は、人類に様々な現代病を引き起こし、また人間社会の活動は地球温暖化を引き起こすとともに莫大な数の生物を絶滅の危機へと追い込んでいます。この様な状況下で、温度が生物活動に及ぼす影響を、私たちのような分子のレベルでの研究をも含めて、様々な角度から研究する必要があると思います。

 

  • 朝日新聞(3月28日夕刊 9面)、京都新聞(3月27日 28面)、日刊工業新聞(3月27日 30面)、日本経済新聞(3月27日 38面)、毎日新聞(3月27日 2面)および読売新聞(4月7日 30面)に掲載されました。