ジャケット型結晶を着たナノ孔物質からなる「分子ふるい」を合成 - サイズの異なるガス分子の分離が可能に -

ジャケット型結晶を着たナノ孔物質からなる「分子ふるい」を合成 - サイズの異なるガス分子の分離が可能に -

 2008年12月15日


左から坂田修身 財団法人高輝度光科学研究センター主幹研究員、
京都大学物質-細胞統合システム拠点の北川進 副拠点長、
古川修平 特任准教授

 国立大学法人 京都大学(総長 松本 紘)、財団法人 高輝度光科学研究センター(JASRI、理事長 吉良爽)は、ナノサイズ細孔を持つ多孔性金属錯体結晶の表面に別の多孔性金属錯体を着せて「ジャケット型ナノ孔結晶」の合成に成功し、その2種類の結晶が界面においてお互いに約12度の角度でずれていることを明らかにしました。このずれで生じた小さな孔(あな)を利用すれば特定のガス分子だけを分離できる「分子ふるい」として利用することが期待できます。

 京都大学 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)副拠点長の北川 進 教授、京都大学 iCeMS の古川 修平 特任准教授、京都大学 大学院工学研究科 修士課程の平井 健二らの研究グループは、ジャケット型ナノ孔結晶の合成を行い、JASRI の坂田 修身 主幹研究員らのグループとともに大型放射光施設SPring-8の高輝度放射光(表面界面構造解析ビームラインBL13XU)を用いて2種類の結晶間の構造相関を明らかにしました。

 エピタキシャル成長法を用いると、着せ替え服を替えるように外側のジャケット結晶を変えることができます。今回合成したジャケット型ナノ孔結晶は結晶一粒の中で銅と亜鉛で構築されたそれぞれのナノ孔構造体はぴったりとくっついており、2つの結晶間でナノ孔がつながっていることが分かりました。また、それぞれの結晶はお互いに約12度の角度を持って回転した状態で貼り合わさっており、その結晶界面においてあたかもふるいの網の目の様な構造を有していることが明らかとなりました。このような「分子ふるい」によって、ガス分子などの小さな分子を振り分けることが可能になると期待されます。

 今回の成果は、JST 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「北川統合細孔プロジェクト」(研究総括 北川 進 教授)、同事業 チーム型研究(CREST)の研究領域「ナノ界面技術の基盤構築」における研究課題「錯体プロトニクスの創成と集積機能ナノ界面システムの開発」(研究代表者九州大学 大学院理学研究院 北川 宏 教授)およびSPring-8重点研究課題によるものであり、2008年12月中旬以降に発行される、化学分野において世界で極めて影響力が大きい科学学術誌「Angewandte Chemie International Edition (応用化学誌国際版)」の表紙を飾り、またこれに先駆けてオンライン版でHot Paperとして公開されます。

研究の背景

 私たちの身の回りにある窒素、二酸化炭素、酸素といった分子は、サイズが小さいうえ通常ガス状態であるため、それぞれの分子の大きさごとに選択して取り出すことは困難です。これらガス分子を選択的に分離する技術は、工業利用のみならず、日常生活でもガスボンベなどに使われる非常に重要な技術であり、より高い選択的分子吸着特性を有する材料が求められています。最近、新たな機能性吸着材料として、多孔性金属錯体と呼ばれるナノメートルサイズの孔を持つ物質群が開発されました。一部の多孔性金属錯体では、すでに広く活用されている活性炭やゼオライトを大きく上回る貯蔵・分離能を有するものが見つかっており、さらには高い触媒反応活性を示すものも報告されています。しかし多くの場合、分離能に関して物質の構造が複雑で特異的であり、一般的な合成戦略が欠如しています。貯蔵・触媒といった機能を有する多孔性金属錯体に分離能を簡単に追加できれば、効率的で高性能な機能性分離材料を設計することが可能になると考えられます。

研究の手法


図1.亜鉛結晶の周りに銅結晶を成長させた「ジャケット型ナノ孔結晶」の光学顕微鏡像:透明な亜鉛結晶の周りに緑色の銅結晶が成長している。亜鉛結晶が立方体であり、全ての面に銅結晶が成長するため、結晶の真ん中で切断した結晶の写真である。

 今回、研究グループは、アメリカのゴールドラッシュ時代に砂金を集めるために用いられた「ふるい」の構造に注目し、異なる多孔性金属錯体結晶を二段に重ねて成長させることで、その界面に分子レベルでの網の目構造を構築することに成功しました。最先端の表面X線回折測定を行うことで、その2つの結晶間の構造の関係を明らかにしました。

 まず、JST及び京都大学のグループが、2種類のナノ孔を有する多孔性金属錯体を結晶一粒の中に統合する合成を行いました。硝酸亜鉛、ナフタレンジカルボン酸、トリエチレンジアミンをジメチルホルムアミド(DMF)中、120℃で2日加熱することにより、[Zn2(ndc)2(dabco)](Zn=亜鉛、ndc=ナフタレンジカルボン酸、dabco=トリエチレンジアミン)の組成を有する亜鉛を含有する多孔性金属錯体を透明な結晶として得ました。さらに、その亜鉛結晶を、硝酸銅、ナフタレンジカルボン酸、トリエチレンジアミンのメタノールとトルエンの混合溶液中において120℃の温度でさらに2日間加熱することにより、銅を含有する多孔性金属錯体を亜鉛結晶の表面でのみ結晶化させ「ジャケット型ナノ孔結晶」を合成しました。切断した結晶を光学顕微鏡で観察すると、透明な亜鉛結晶の周りに緑色の銅結晶が成長していることが分かりました(図1)。

 次に、JASRIのグループが大型放射光施設 SPring-8の高輝度放射光を用いて、一粒の結晶の中に統合された「ジャケット型ナノ孔結晶」の原子配列の関係を評価しました。SPring-8の表面界面構造解析ビームラインBL13XUにおいて、30マイクロメートルサイズに絞った波長1Åの放射光X線を200マイクロメートルサイズの結晶一粒の表面に当て、表面X線回折測定を行い、亜鉛および銅を有する結晶両方からの回折を同時に測定しました。

研究の成果

  今回の研究で3点の成果を得ました。

 図2. 亜鉛を含有する多孔性金属錯体の構造:青色で示した部分が亜鉛イオン。銅を含有する多孔性金属錯体も同じ構造体を構築し、亜鉛イオンの代わりに銅イオンが存在する。正方形が並んだような構造になっており、それぞれの正方形の中心に約1ナノメートルの細孔が存在する。

  その1つ目は、結晶一粒の中に2種類のナノ孔材料を統合し、「ジャケット型ナノ孔結晶」の合成に成功した点です。銅を含有する多孔性金属錯体を構築するための反応溶液中に亜鉛結晶を入れることで、亜鉛結晶表面に直接銅結晶を成長させることができました。1ナノメートルの細孔を有する亜鉛結晶および銅結晶は、それぞれ非常に近い結晶格子定数を有したジャングルジム型の構造体(図2)であり(亜鉛結晶:縦= 1.0921 nm、横=0. 9611 nm、銅結晶:縦= 1.0819 nm、 横= 0.9635 nm)、エピタキシャル結晶成長により亜鉛結晶を基板として銅結晶が成長したことが考えられます(図3)。


図3.エピタキシャル結晶成長の概念図:灰色のジャングルジムモデルが亜鉛結晶の構造を表している。その上に同じ構造体を有する緑色の銅結晶が成長する。

  2つ目は、高輝度放射光を用いた表面X線回折測定によって、有機物と金属イオンから構築される繊細な構造強度を持つ多孔性金属錯体のマイクロメートル程度の非常に小さな結晶一粒の表面近傍からのX線回折強度を測定することに成功した点です。これまで表面X線回折測定は数ミリメートル角の表面を有する金属合金、無機酸化物の表面構造解析に適用されてきました。今回は、溶液中から結晶成長させた小さな多孔性金属錯体結晶の構造評価に世界で初めて成功しました。構造研究は、これまで表面、もしくは、バルクとよばれる中身の構造を対象としてきました。今回の研究は、表面層ではありますが、表面とバルクの中間の領域です。例えば電子デバイス材料やコーティング材料のように、この領域が材料の特性を支配している例は多く、今後は多くの材料でこの手法を用いて表面界面領域の構造解析が行われることが期待されます。


図4. 亜鉛結晶と銅結晶の構造相関図:結晶の真上からみた図になっており、正方格子がその構造体を表している。亜鉛結晶に対して銅結晶は11.7度ほど回転してエピタキシャル成長しており、右回転、左回転の両方が存在する。下に存在する亜鉛結晶の正方格子との間で網の目のような構造を形成しており、「分子ふるい」として利用可能である。

   3つ目は、その表面X線回折測定で明らかになった、「ジャケット型ナノ孔結晶」における2つの結晶間の構造のエピタキシー関係性です。銅結晶と亜鉛結晶はお互いほぼ同じ格子定数を有していますが、縦軸方向が約0.01ナノメートルほど違います。この非常に小さな違いを緩和し、亜鉛結晶の格子の長さに合わせるために、銅結晶は約12度回転して成長していることを明らかにしました(図4)。
  このように、多孔性金属錯体というナノ孔物質の結晶一粒レベルでの構造統合に溶液からのエピタキシャル結晶成長を行うことで成功しました。この合成手法はその他多くの多孔性金属錯体結晶に適応可能であり、貯蔵・触媒反応などの機能を持った多孔性金属錯体を一粒の結晶に統合し様々な「ジャケット型ナノ孔結晶」の合成が可能であると考えられます。特に、これまでのナノ孔物質は粉末状の結晶を容器につめて工場レベルでの応用が考えられてきましたが、マイクロメートルスケールでの統合が可能になったことから、より小さいレベル、たとえば生体内での利用なども可能になると期待しています。さらに、2種類の多孔性金属錯体の構造相関の詳細な解析の結果、銅結晶と亜鉛結晶の間ではジャングルジムのような構造がお互いに面内で約12度回転して格子を一致させていることが分かりました。これまで金属錯体におけるエピタキシャル成長は数例報告されていますが、互いの構造の関係を解明した世界で初めての結果です。また結晶界面における格子のずれはまさに「ふるい」のような構造をしており、その網の目構造を通過する分子のみが通り抜けることのできるという分離材料「分子ふるい」としての応用が期待されます。
  この結晶一粒レベルでの「ジャケット型ナノ孔結晶」の構造相関は、全てSPring-8における表面X線回折測定から明らかにできました。今後、さまざまな機能を有する「ジャケット型ナノ孔結晶」を合成した際にも、この表面X線回折測定によりその構造相関を詳細・正確に評価することが可能になります。また同時に、その解析結果を合成指針に適応することで、「ジャケット型ナノ孔結晶」における2つの結晶間の回転角度などを制御し、「分子ふるい」の網の目構造の大きさなどをデザインするための指針を得ることができたといえます。

今後の期待

 今回得られた設計指針に基づき今後さらに研究を進めることで、網の目構造のサイズを制御し、二酸化炭素とメタンといった非常に似通った分子をこれまで以上に高精度で分離することができるようになります。さらには、現在のマイクロメートルレベルの結晶を、数百ナノメートルレベルにまで小さくし統合することで、生体内で用いることが可能になり、ガス分子のみでなく薬剤などを高効率で運搬する「ジャケット型ナノ孔ナノ結晶」の実現が見込まれます。

  • 日刊工業新聞(12月23日 16面)に掲載されました。