グローバルに分布するクロロフィルd ~近赤外線を用いた光合成の重要性~

グローバルに分布するクロロフィルd ~近赤外線を用いた光合成の重要性~

2008年8月1日

 独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)地球内部変動研究センター(センター長 深尾良夫)と京都大学(総長 尾池和夫)は、世界各地で採取された海底堆積物および湖沼堆積物を分析し、これら全てにクロロフィルd およびその分解生成物が含まれていることを発見しました。これは、クロロフィルd を合成する光合成生物が、地球上のあらゆる水界中に普遍的に分布していることを示唆しています。

 クロロフィルd は、他の光合成色素が吸収できない波長700~750 nmの近赤外光を吸収します。したがって、今回の発見は、近赤外光が光合成に利用され、地球上の炭素循環を駆動する原動力として無視できないことを示しています。これまでの研究ではクロロフィルd が普遍的に存在していることは知られておらず、地球表層における光エネルギー利用に関するこれまでの常識を覆す結果です。

 なお、この結果は、8月1日(米国東部時間)に米国科学誌Scienceに掲載されます。

背景

 クロロフィルd は、1996年に「新しいクロロフィル」として、珊瑚礁域に生息するホヤに共生するシアノバクテリアの1種 Acaryochloris marina から、本研究の共同研究者でもある、京都大学の宮下英明准教授によって報告されました。

 これまでの研究によると、このクロロフィルd は海洋の非常に限定された海域にしか見出されておらず、地球上における生物生産における役割は、無視できるほど小さいと考えられてきました。

 海洋研究開発機構は、中期計画に基づく研究および京都大学との独立行政法人科学技術振興機構のCREST研究(「各種安定同位体比に基づく流域生態系の健全性/持続可能性指標の構築」代表:永田俊)の一環として共同で試料採取を行い、クロロフィルd のグローバルな分布や存在量について、より定量的な解析を進めてきました。

内容と成果

 海洋研究開発機構と京都大学は、極域から温帯域にいたるまでの海底堆積物(北極海、ベーリング海、内浦湾、大槌湾、相模湾、東京湾)および各種湖(琵琶湖と南極の塩湖(ふなぞこ池)および淡水湖(すりばち池))の堆積物について、高速液体クロマトグラフィーを用いて分析した結果、クロロフィルd およびその分解生成物(フェオフィチンd,パイロクロロフィルd,パイロフェオフィチンd が全ての堆積物に含まれていることを発見しました。

 上述のクロロフィルd および分解生成物の濃度は、クロロフィルa に比べると最大で4%程度にしかすぎませんが、クロロフィルd は,他のクロロフィル(a, b, c )では利用できない700~750 nmの波長をもつ近赤外光を利用するという特徴をもっていることが分かっており、これまで光合成には、利用されていないと考えられてきた近赤外光が、実は光合成に利用され、かつ、地球上の炭素循環に影響を及ぼしていたことが明らかになりました。

今後期待される成果

 今後は、地球上の水界に普遍的に生息し,クロロフィルd を生合成する光合成生物種の特定を遺伝子レベルで行う予定です。現時点では、Acaryochloris marina 以外にクロロフィルdを合成するシアノバクテリア種は知られていませんが、他の種がクロロフィルd を合成する可能性についても調査します。この知見は、クロロフィルの進化および光合成の進化を考えるうえで、重要な情報をもたらすものと考えられます。さらに、クロロフィルd ,海洋や湖沼における生物生産にどの程度寄与しているのか、また、炭素循環にどの程度寄与しているのかについて、さらに定量的な推定を行い、地球環境変動の解明の一助とします。また,水域における一次生産(光合成)活性の新しい指標(バイオマーカー)としての利用の可能性を探ります。

 

  図1 抽出したクロロフィルd

  図2 クロロフィルad の吸収スペクトルの比較

図3 世界各地で採取された海洋や湖沼の堆積物の抽出物を,高速液体クロマトグラフィーによって分析した結果(Kashiyama et al., 2008)。赤色ほど高い濃度を示し,青色ほど低い濃度を示す。矢印で示したのが,クロロフィルd およびその分解生成物。

  • 京都新聞(8月1日 27面)および日刊工業新聞(8月1日 27面)に掲載されました。