受容体分子によるシナプス形成誘導を発見

受容体分子によるシナプス形成誘導を発見

2009年3月4日


左から畔柳智明 大学院生、平野丈夫 教授

 平野丈夫 理学研究科 教授は、畔柳智明 理学研究科 大学院生、横山まりえ 理学部4回生との共同研究で、神経伝達物質受容体関連タンパク質デルタ1および2にシナプス形成を引き起こす作用があることを明らかにしました。

 この研究成果は、米国科学アカデミー紀要「PNAS」誌に掲載されることになっています。

研究成果の概要

 脳内の神経細胞間での情報伝達は、シナプスと呼ばれる接合部位で行われ、その伝達はシナプス前神経細胞からシナプス後神経細胞へと一方向に起こります。神経細胞内では活動電位と呼ばれる電気的な信号が情報を伝えていますが、それがシナプス前神経細胞側のシナプス部位(シナプス前部)へ到達すると、そこからグルタミン酸等のシナプス伝達物質が神経細胞外へ放出されます。放出された伝達物質は、シナプス前部と後部の間を拡散し、シナプス後部(シナプス後神経細胞)の受容体タンパク質と結合することにより、情報を伝えます。したがって、受容体はシナプスにおける情報伝達を担う主要なタンパク質です。シナプスには受容体以外のタンパク質も存在しています。シナプスは、シナプス前部と後部が近接 (20 – 30 nm)する特殊な構造をしていますが、その構造の形成と維持にかかわるタンパク質として、ニューロリジン、ニューレキシン、カドヘリンなどのタンパク質が報告されています。これらシナプス構造の形成・維持にかかわる細胞間接着分子と受容体分子は、これまでシナプスにおいて独立のはたらきをしていると考えられていました(図1)。

 今回私たちは、グルタミン酸受容体関連タンパク質と位置づけられてきたδ1およびδ2がシナプス形成を引き起こすことを示しました。通常は神経細胞とシナプスを形成しない腎臓由来の培養細胞(HEK細胞)に、δ1またはδ2タンパク質が発現するように遺伝子を導入し、それを小脳の顆粒神経細胞と共に培養しました(図2)。そうしたところ、HEK細胞上に顆粒神経細胞のシナプス前部構造が集積しました(図3左)。また、シナプス後部での電気的な応答の検出に必要な他の受容体分子をδ1またはδ2と共にHEK細胞で発現させると、機能的なシナプス情報伝達が行われていることがわかりました (図3右)。一方、顆粒細胞とは別の、GABAと呼ばれる伝達物質を放出する神経細胞は、δ1またはδ2タンパク質が発現しているHEK細胞にシナプスを形成しないこともわかりました。これらの結果は、δ1およびδ2に神経細胞種特異的なシナプス前部形成誘導作用があること、伝達物質受容体関連タンパク質が選択的なシナプス形成とその機能発現に直接かかわることを示しています。

 本研究は、畔柳智明 理学研究科 大学院生、横山まりえ 理学部4回生との共同研究で、論文「Postsynaptic glutamate receptor δ family contributes to presynaptic terminal differentiation and establishment of synaptic transmission」は、Proceedings of the National Academy of Sciences, USA誌に掲載される予定です。畔柳氏は学術振興会特別研究員DC1であり、また本研究は科学研究費補助金特定領域研究「分子脳」、科学技術振興機構CREST研究、およびGCOEプログラム(京都大学A06)による支援を受けました。

図1: シナプスには、情報伝達を担う受容体、構造の形成・維持に関わる細胞間接着分子等のタンパク質が局在している。

図2: 非神経細胞であるHEK細胞にδ1またはδ2を発現させて、神経細胞と共培養した。(遺伝子導入を確認するために、緑色の蛍光を発するGFPの遺伝子を同時に導入した。)

図3左: δ2を導入したHEK細胞(緑)上のシナプス前部(マゼンタ)。
図3右: シナプス伝達が起きていることを示すシナプス後部の電気的応答(矢印)。

 

  • 科学新聞(4月10日 2面)、京都新聞(3月3日夕刊 8面)、産経新聞(3月5日 23面)および日刊工業新聞(3月4日 22面)に掲載されました。