京大の「実は!」な宝物は山ほどありますが、なんといっても忘れてはならないのが、世界に誇るすばらしい研究者たち。
あらゆる研究において、その分野に人生をかけて挑み、大きな成果を世界に発信する研究者たちが、京大にはたくさんいます。
そんな研究者たちは、独自のアイデアでさまざまな取り組みを行い、研究の素晴らしさや価値を広く発信しています。
シリーズ「京大の、おもしろ研究者の実は!」では、京大ならではのユニークで斬新な取り組みをしている、でも実はスゴイ研究者をご紹介していきます!
名曲とされる音楽には、一体どのようなヒストリーがあるのか? 音楽の原点を紐解き、その謎に挑む!
FILE.3 小石かつら 白眉センター(人文科学研究所)特定助教
ふんふんふんふふふーん♪
芸術の秋ということで、広報Bも鼻歌がこぼれる今日この頃です。
はて? ・・・今、無意識のうちにこぼれてきたこの世界的名曲と呼ばれる音楽。
そういえば、いつ、どこで聴き、いつの間にこうして鼻歌がこぼれ出るほどに染みついているんだろう・・・。
「いかにして作品は「名曲」となり、人々に聴かれるようになっていったのか?」
「名曲が名曲たりえるその背景には、どのような知られざる事実があるのか・・・?」
そんな、「音楽の原点」研究に挑む研究者が、実は!京大にいるのです。
小石かつら 白眉センター (人文科学研究所)特定助教。
主流の「音楽学」とはひと味違った、小石先生ならではの「音楽学」研究とそのヒトに迫ります!
主流とはひと味ちがう、小石かつら流「音楽学」とは?
「音楽学」とは、いわゆる音楽についての学問で、領域としては「文学部」に位置づけられ、京大では「美学芸術学」に含まれています。
ドイツでは国文学並みのメジャーな学問分野で、主に「歴史的音楽学」(主にドイツ・フランスの音楽学研究)と、それ以外(民族音楽学等)に分かれています。日本でもドイツでも、一般的に行われている「音楽学」は、名曲の歴史を学んだり、作品そのものの内容について学ぶ、いわゆる「作品研究」が主流だそう。
研究内容を語る先生、とっても楽しそう!
ですが、小石先生が研究している「音楽学」は、それとはちょっと違います。
研究内容は、主に【近代的演奏会の成立と変遷の総合的実証研究】。
主な切り口として演奏会に焦点を当て、演奏会プログラムの変遷や、楽譜の頒布、批評雑誌、広告などを調査し、当時の音楽状況を総合的に考察することで、今では当たり前とされている演奏会の成り立ちやその変遷を紐解く研究です。まさに、音楽の原点学と言っても過言ではないでしょう。
「名曲ヒストリーを暴いていくと、名曲を作り出す理由が一つではなくて、つまり、作曲家が天才だったからだけではなくて、意外なことが意外なこととつながって、さらにそれが意外な結果をうんでいる・・・みたいな、実は!な面白さがあるんですよ!」
実は、そんな原点を探る音楽学は、本場ドイツでもほとんどされていないそう。
「そもそもドイツ人は、作品研究への興味関心は高いのですが、背景的な研究にはあまり興味が無いんです。だからこそ、まだまだ未開拓の学問領域。私の研究は足下の学問だと思うんですが、当たり前と思っていたことを「実はそうではなかったのでは!?」と暴いていくことが本当におもしろい。まだまだ発見が尽きない学問なんです!」
そう話す、小石先生。その表情は、まさに未知の領域へのワクワクに満ちています。
現在の小石かつら流「音楽学」にいきつくまでの研究者ヒストリーを、広報Bが聞きました!
「奏でる音楽」から、「紐解く音楽」へ。「音楽学」との出会いのヒストリー。
Q:先生は、もともとはピアノを演奏されるほうだったんですよね。今の「音楽学」との出会いのきっかけは?
ー そうなんですよ。もとは、かなり本格的にピアノをやっていたんです。小さい頃から。
ですが、子どもの頃から、ピアノを弾くことよりも、例えば同じ曲で何種類もある楽譜を見比べて、その違いを発見したりするのが好きでした。
今考えれば、それって、現在研究している音楽学につながる部分。
でも、その頃は、今研究しているような「音楽学」が存在することすら知らなくて。
「音楽学」でいく! そう決心させた師匠との出会い。
ー 京都市立芸術大学在学中の修士課程時代に、必修英語のクラスで、現 京大の岡田暁生 人文科学研究所教授と出会ったのがきっかけです。
すこぶる出来の悪かったクラスで・・・(苦笑)、カタイ勉強は置いて「(解説が英語で書かれている)CDを聴こう!」という岡田先生の授業がきっかけで、先生が研究している「音楽学」というジャンルを知りました。
「こんなジャンルもあるのか・・・」と、すぐに気持ちを固め、真剣に音楽学の道へ。
その後、「ドイツで、現場の音楽学をみてきなさい」という岡田先生のアドバイスもあり、本場ドイツへいくことを決意しました。
その背景には、日本では音楽学がメジャーではないこともありました。日本の「音楽学」と言えば、どちらかと言うと、実技と比べて日が当たらない存在。
なので、本気で学ぶなら、日本ではなくドイツだ、と。
語学もできない、知識もない・・・、身ひとつ状態で飛び込んだ初めてのドイツ。
そこでのさまざまな人たちとのご縁や、貴重な時間が、今の研究の礎。
Q:それから、語学や情報収集など事前準備もしっかりしてドイツへ挑んだわけですね?
ー いえ、ぜんぜん・・・
ドイツへいく!と決めたものの、ドイツ語は全く出来ず、ドイツについて何の知識もない状態で、まさに身一つで飛び込びました(笑)。
初めてのドイツ生活のスタートは、子どもたちに日本語を教えながらホームステイをするというものでした。
偶然にご縁のあった行き先とはいえ、本当に恵まれたことに、そのおうちの奥さんが本職のドイツ語の先生であったり、子どもたちの学校を自由に授業見学できる環境だったり、生活の中でも、さまざまなドイツ文化に接する貴重な時間を過ごすことができました。本場ドイツ料理もたくさん習得しましたよ!本場のドイツパンなんかも作れます!
そんな中で語学もしっかり身につきました。ここでの生活が、本当に今後の大きなプラスとなったわけです。
メンデルスゾーンからダンナさまとの出会いまで! 人生を大きく変えた、ライプツィヒ大学での学生生活。
ー その恵まれたホームステイの期間を満了した後は、ライプツィヒ大学(歴史学科音楽学)に正規学生として入学しました。選んだ理由は、バッハ、シューマン、メンデルスゾーン・・・等、そうそうたる音楽家が暮らした地であること、最も古い音楽の歴史をもち、世界最古のオーケストラがある地であること。
大学では合唱団に入り、音楽三昧の学生生活を謳歌しました。ライプツィヒ大学の合唱団は、オーケストラとも深く交流があったりと、ホンモノに触れられる環境でもあったんです。伝統を重んじ、かつ伝統と身近に触れあえるここでの生活は、後々に大きく影響し、今の学問に行きついたと思います。
ちなみに・・・このライプツィヒ大学に、私以外に同時期に留学手続きをした唯一の日本人学生が、今の主人なんですよ。
(それはなんと運命的!!!(広報B思わず興奮))
ー メンデルスゾーンに出会い、彼を研究対象とすることを決めたのもこの時。
音楽講義の中で、彼がオーケストラの仕組みに大改革をもたらした人であり、現在スタンダードとされるオーケストラの基盤を作ったスゴイ人であることを知りました。メンデルスゾーンの偉業はほんとにたくさんあるんですよ。しかも、モーツァルトやベートーヴェンなどと違い、メンデルスゾーンはドイツでは研究対象としてはマイナーで、彼の研究はほとんど誰もしていなかったこともきっかけの一つ。
・・・そうして、研究へのビジョンも固まり、しばらくして帰国しました。そして縁あって、2年前に京大の白眉センターへ。そんな感じで、今に行き着いてます。
ここでちょっとご紹介。小石かつらの、「メンデルスゾーンの実は!」
実は・・・「鉄道オタク(時刻表オタク)だった?! 」
時刻表の成立とともに、遠隔地でも演奏会を実施できるスケジューリングを時刻表をもとに組んで演奏会数を飛躍的に増やすなど、演奏会の契約に大きな変革をもたらしたのも彼の偉業。従来のような行き当たりばったりではなく、計画的に演奏会を準備できることにつながりました。
ドイツ音楽を、他国(イギリス等)にどのようにアピールするのか?・・・その策をメンデルスゾーンは練っていたんですね。
ヨーロッパにおける鉄道敷設事業と音楽なんてまったくの無関係と思われますが、実は、名曲ヒストリーと切っても切れない関係なのです!
実は・・・「女ゴゴロをつかむ、商売上手だった! 」
これまで演奏会でしか聴くことの出来なかったオーケストラ作品を、ご婦人方が楽しめるように、ピアノ連弾に書き直して出版することにも熱心でした。
その楽譜も、ただの楽譜ではなく、超美しい表紙でご婦人の心をグッと惹きつける!
実は!メンデルスゾーンは画才もあり、表紙デザインには特にこだわりがあったんです。その楽譜を婦人雑誌の付録としてつけるなど、実に商売上手。これは、識字率の向上、子どもへの教育熱の向上などとも相まって大人気となりました。
先生の研究資料、見せてください!
「例えば、これは、1781年にドイツで行われたコンサートのプログラム(写真右上)。記録の残る、最も古いものの一つです。この資料を紐解くだけでも、実にさまざまなことが見えてくるんですよ! これは今後、データベース化して、広く公開しようと思っています。」
オーケストラ演奏会の歴史、変遷・・・
演奏会がどのようにシステム化していったのか? どのように、今のようなスタイルになっていったのか・・・?
その変化が、この資料からめまぐるしく見えてくると小石先生は言います。
ドイツではこのような研究はメジャーでないため、研究も遅れていることから、資料自体もものすごく少ないそうです。
本国の古い資料から、世界各国の図書館データベースまで、ありとあらゆる情報を収集するそう。
ちなみに、このプログラムも、現地ではかなりずさんな状態で保存されていたそうで、その原本を全てデジカメで撮影させてもらい(コピーは禁止)、順序もバラバラだったものを数ヶ月かけて整理したんだとか。その数、なんと8000枚以上! 気の遠くなる作業ですね・・・
現在では、ドイツのみならずパリやロンドンなどのオーケストラ演奏会についても調査中だとか。
これだけ音楽が盛んな国なのに、わかっていないことだらけなんて意外です!!!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
まるで引き寄せられるように、音楽学の世界へどんどん導かれていった小石先生の道のり。
「運が良かったんですよ~」。取材中、先生から何度も出てきたフレーズですが、それは単なる運ではないはず。
失敗を恐れず、果敢に未知の世界に飛び込む先生だからこそ、新しい扉が開くチャンスを逃がすことなく、今が在るんです。きっとこれからも、新たな扉が開き続けることでしょう!
研究者に質問!コーナー
Q.女性研究者として、ずばり、京大は働きやすい?
―「女性研究者へのバックアップはとても充実しています!」
例えば・・・「 保育施設の充実 」や「 研究実験補助者雇用制度 」などの支援をはじめ、育児をしながら研究に専念できるシステムが京大はとても充実していると思います。
特に保育施設は、ママ友が研究者というのが心強い(笑)! そこで研究者同士の悩み相談や情報交換もできます。しかも保育士さんも、ママ研究者の苦労をよく知ってくれていて、あたたかい言葉をかけてくれたり。そういう点は、精神的にもとても助かっていますよ。
また、女性研究者は絶対数が少ないので、積極的に声を聞いてくれる環境でもあると思います。松本紘 前総長には、直々に意見出しができたりする機会もありましたし、ただ聞くだけではなく、実現に繋げてもらえるケースも多いと感じました。
- 女性研究者支援について、詳しくはこちら
Q.先生の今後の展望は?
―「総合大学ならではのことがしたい!」
例えば、データベース化した研究資料を情報学分野と繋げたり・・・
その他、西洋史、鉄道史、社会学など、さまざまな他分野と繋がることで、新しい発見を見出せるかも! それが出来るのは総合大学である、京大ならではの強みだと思います。
―「音楽学を、教育カリキュラムの一つにしたい!」
残念ながら、音楽学を「一般教育」として受けられる大学は絶対的に少ないのが現状です。
難しい、敷居が高い・・・と思われがちですが、そうではない音楽学のカタチをしってほしい。
今後、ポケットゼミなどでもどんどん音楽学を広げて行きたいと考えています。
ちなみに、2015年度は・・・【「越境」の男女関係から読み解く人文学ー】というテーマで、ポケゼミを開講します。
これまでもオペラを題材にしたポケゼミを開講してきたのですが、これまでは、楽譜を調べる、演出(解釈)を調べる、作曲当時の社会背景を調べる・・・などさまざまな角度から作品を掘り下げる試みにとどまっていました。「音楽学」の枠を超えて、歴史学や文化人類学の研究者とコラボしたらもっと面白いのでは・・・?と、今回、長崎を舞台にしたイタリアオペラ「蝶々夫人」を切り口にさまざまな研究分野の手法を織り交ぜ、時間的、場所的、精神的な境界を越えて、そこに生きる男女関係を紐解くことで見えてくるモノを見てみよう!というゼミに挑戦します。
Q.研究外の活動についておしえてください!
国内で、音楽学に携わっていて、かつメンデルスゾーンやその時代の研究をしている研究者は少ないようで、オーケストラや音楽作品に関する評論執筆の依頼は多いです。情報だけで言えば、私なんかよりもっと詳しい音楽ツウの方々はたくさんいるので・・・。ベースを積んでいる「研究者」としてのコメントを意識して執筆しています。
研究者プロフィール
1998年 京都市立芸術大学大学院音楽研究科器楽専攻(ピアノ)修了
1999年~2000年 ライプツィヒ大学歴史学科音楽学専攻
2004年~2005年 ベルリン工科大学音楽学研究所博士課程
2006年~2009年 日本学術振興会特別研究員DC・PD(大阪大学)
2009年 大阪大学大学院文学研究科文化表現論専攻(音楽学)博士後期課程修了
2009年~2012年 日本学術振興会特別研究員RPD(京都大学人文科学研究所)
2010年~2011年 ベルリン工科大学リサーチ・フェロー
2012年~ 京都大学白眉センター/人文科学研究所 特定助教
関連リンク
- 京都大学白眉センター
http://www.hakubi.kyoto-u.ac.jp/
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