新年あけましておめでとうございます。
昨年一年を振り返ってみますと、元日の能登半島地震に始まり、夏以降には相次ぐ台風や豪雨被害が全国各地で頻発するなど、大きな自然災害の多い年でした。我が国に限らず、アメリカやヨーロッパを含む世界中の各地でも、スーパーハリケーン、豪雨に洪水、干ばつ、山火事など大規模な自然災害のニュースが続きました。地球の気候変動が進行していることを改めて思い知らされた年でした。
また世界では、戦争の年でもありました。イスラエルとパレスチナの紛争はすでに2年目に入りましたが、まだ停戦には至っていません。さらに、ウクライナヘのロシアの侵攻に至っては、もうすぐ丸3年を迎えようとしていますが、いまだに収まる気配は全くありません。
そういった中、昨年秋には、本学のウクライナ危機支援基金によって、すでに3回目の受入れとなるキーウ工科大学およびタラス・シェフチェンコ記念キーウ国立大学からの留学生が、新たに16名入学してきました。継続して在学している2名とあわせて全員で18名となります。私も学生と会って話をしましたが、「朝起きて空襲警報のサイレンの音がなく小鳥の嗚き声が聞こえるということは本当に幸せなこと」とみんな喜んでいます。そして一刻も時間を無駄にできないと、勉学やクラブ活動に励んでいます。今年こそは、ウクライナやパレスチナの戦乱が終結し、少しでも早く彼の地に平和と安全が戻ってくる年になることを願わずにはおれません。
学内においては、新型コロナウイルス感染症で大きく落ち込んだ国際交流活動も、ほぼ完全に回復しました。昨年はボルドー大学、ウイーン大学、チューリヒ大学、国立台湾大学とハンブルク大学など、戦略的パートナーシップ校との合同シンポジウムが行われ、また新たに海外で3つのOn-site Laboratoryが開設されました。留学生数も堅調に回復しましたが、昨年は特に、これまで非常に少なかったインドからの留学生のリクルートメントに向けて、両国大学間で活発な動きがありました。これからインドからの留学生が増えることを期待しています。
昨年の年頭挨拶で私は、令和6年は大学の構造改革推進元年であると申し上げましたが、「国際卓越研究大学」への再申請に向けて、全学的に議論と準備を進めてきた年でした。ここで改めて、京都大学が何故再度この申請をする必要があるかについて述べたいと思います。
京都大学は、我が国でも長い歴史を有する研究志向型の大学の一つです。本学の基本的な理念は「自由の学風」であり、制約のない自由で多様な学術と研究によって知の源泉を作り出し、それによって人々と社会に貢献していくことにあります。京都大学はこの「自由の学風」という風土の中で、多くの独創的な研究成果を上げ、我が国を代表する研究大学として広く世界に認知されてきましたし、それを私たちは誇りとしてきました。
しかし果たして今私たちは、この基本理念をこの先も維持し続け、世界に誇れるような成果を上げ続けることができる環境にあるでしょうか。私は強い懸念を持っています。先般全ての教員を対象に行ったアンケートでは、研究時間の減少、若手教員の自由な研究や自立化の障壁、研究支援や研究設備共用化の不備など、研究体制や研究環境への強い不満が示されています。
この不満は、とりわけ将来を担う若い教員において顕著であり、研究をミッションとする本学の将来にとって、これは非常に深刻な課題であると思います。
その大きな要因は二つあると思います。
一つは大学に対する政府からの運営費交付金の減少です。国立大学が法人化されて20年、国立大学への運営費交付金は10%以上減少しました。これに物価高騰が加わり、教職員の人件費と教育・研究のための基盤的物件費は縮減を余儀なくされ、大学経営は今やゼロサムどころか、マイナス・サムの時代に入っています。本学では、なんとかこれまで外部資金獲得などによる自己努力で、運営費交付金の部局配当額の削減は回避してきましたが、それでも教員への事務的業務負担の増加によって、研究時間は明らかに減少しています。
もう一つは、我が国の大学の教育研究体制の問題です。戦前から今日まで、国立大学の教育研究体制は、一人の教授をトップに准教授、助教などごく少数の教員からなる小講座制をとってきました。1990年代からの大学院重点化後の大学院研究科においても、実質的に小講座制はそのまま温存され引き継がれてきました。しかし、学術と科学の急速な進化とグローバル化の中で、この閉鎖的な小講座体制は、若手研究者の自由闊達な研究活動や自立化の大きな制約要因になりつつあります。
そのため、私は向こう四半世紀をかけて大学の構造改革を進め、財務経営の自立を確立し、それによって研究の自由を確保していく必要があると考えています。重要なのは、大学の自立と研究の自由であり、自立なしに自由はあり得ません。構造改革の内容については、年末に総長メッセージとして全教職員向けの学内オンライン配信で説明させていただきました。
構造改革を遂行するにあたって、特に重要なのは業務改革です。大学の機能の複雑化に伴って、その運営に必要とされる業務機能も、きわめて多様かつ専門的になってきております。この複雑多様化した業務機能に対応するための業務改革の推進を目的の一つとして、新たな本部体制の導入を開始しました。大学の経営一元化と事業推進のための成長戦略本部、そして包括的な研究支援のための総合研究推進本部をこれまでに設置したところです。
各本部では、教員、事務職員に加え、多様な機能を果たす専門的人材が混じり合い、フレキシブルかつ自由に連繋して共同作業を進められる、開放的でフラットなオフィスを目指しています。さらに、業務DXの戦略的導入がその効率化にはエッセンシャルとなります。
そして、このような改革において、最も重要なのは教職員の意識改革です。新しい体制への移行のためのマインドの変換には、それなりに時間がかかるかもしれませんが、それがないかぎり、どのような改革も単に形だけに終わりかねません。
当然ながら、抜本的改革の推進には、新しい多様な専門人材の獲得と育成、つまり人ヘの十分な投資が必須であり、それを安定的に支えるための自立した財務基盤の確立が必要条件になります。国際卓越研究大学としての認定は、まさにそのための必須の要件です。
これは決して、単に助成金によって不足する運営費を賄うという意味ではなく、この助成システムを活用して、最長25年という期間内に、自らの力によって大学運営資金を賄いうる自立的な財務経営基盤を作り上げるということです。そういった点を踏まえて、すでに成長戦略本部では、これまでの寄附基金部門、渉外同窓会部門、産学連携部門、オープンイノベーション部門など関連の組織が一元的に統合され、外部資金獲得に向けて効率的な運営が進められています。
京都大学が目指すところは、自由な教育と研究の場が保証され、創造的な研究により学術の進歩と科学のブレークスルーを生み出し、その成果によって広く人々の福祉に貢献し、社会にトランスフォーメーションをもたらしうる研究大学です。
そのためにも本年は国際卓越研究大学の認定を目指し、業務改革や教育研究改革そして経営改革という抜本的改革に着手し、向こう四半世紀をかけて大学の構造改革を進めて参りたいと思っております。
本年も皆さまのご協力をいただきますようお願い申し上げて、年頭挨拶とさせていただきたいと思います。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
令和7年1月7日
京都大学総長
湊 長博
(令和7年1月7日(火曜日)開催『総長年頭挨拶』より)