2014年3月3日
長澤丘司 再生医科学研究所教授、尾松芳樹 同助教らは、造血幹細胞と造血を制御する司令塔である骨髄の造血ニッチ細胞の形成の鍵となる転写因子を発見しました。
本研究成果は、2014年3月2日(英国時間18時または米国東部時間13時)に英科学誌「Nature」のオンライン速報版で公開されました。

左から尾松助教、長澤教授
造血幹細胞は、代表的な組織幹細胞で、骨髄で生涯にわたりすべての血球細胞を産生しています(造血)。造血幹細胞の維持や造血には、その育て役となる細胞(ニッチ細胞)が必要ですが、その実体は長年の謎でした。
私たちは、以前、骨髄のニッチ細胞の有力候補をつきとめましましたが、今回は、ニッチ細胞が形成される鍵となる転写因子を発見しました。着想から発表まで時間がかかった研究で、幹細胞生物学・免疫学・血液学に重要であるのみならず、将来の白血病の治療や再生医療に役立つことが期待されます。
ポイント
- 造血幹細胞と造血を調節する司令塔である骨髄のニッチ細胞と、その形成のしくみは長年の謎
- 哺乳類の組織幹細胞ではじめてニッチの形成の鍵となる特異的な転写因子を発見し、造血幹細胞ニッチの実体を解明した。
- ニッチを標的とした白血病や慢性炎症の新しい治療法の開発や人工幹細胞ニッチによる再生医療に重要
概要
すべての血液細胞の起源である造血幹細胞とそれからの血液細胞の産生(造血)を調節するしくみを知るために、生体で造血の司令塔として働く骨髄のニッチ細胞の特定と、ニッチ細胞ができる分子機構の解明が望まれていました。
本研究グループは、これまでに骨髄の造血ニッチ細胞の有力候補であるCAR細胞(ケモカインCXCL12を高発現する突起を持った細胞)を世界に先駆けて同定しました。そこで、CAR細胞と似ているが造血調節能が弱い骨芽細胞(骨を造る細胞)の遺伝子発現を比較することにより、転写因子Foxc1がCAR細胞で著しく多いことを見つけました。Foxc1は骨髄でCAR細胞特異的に発現し、発生工学技術を用いて骨髄の細胞やCAR細胞でFoxc1を欠損するマウスを作製したところ、骨髄でCAR細胞が著明に減少し、同時に造血幹細胞や血液細胞の産生も著明に低下し、やがて老化した骨髄のように脂肪細胞で満たされてしまいました。詳細な解析の結果、Foxc1は、発生の過程でCAR細胞をニッチとして働かせると共に、脂肪細胞に分化してしまうことを抑制していることが明らかになりました。この発見により、哺乳類ではじめて幹細胞ニッチ細胞系列が存在すること、その形成と維持の分子機構が明らかになりました。
この成果により、将来、白血病や慢性炎症など多くの難治性疾患の原因となる造血幹細胞と造血の異常に対して、ニッチを薬物で調節することによって治療したり、皮膚の線維芽細胞やiPS細胞等から人工的に造血ニッチ細胞を作製することで、より正常に近い血液細胞を試験管内で産生して利用する再生医療に役立つことが期待されます。
図:造血幹細胞と造血を制御する司令塔である骨髄のニッチ細胞(CAR細胞)の形成と維持に必須の転写因子(Foxc1) を発見しました。Foxc1は、CAR細胞においてニッチ機能を獲得させ、脂肪細胞に分化することを抑制します。
詳しい研究内容について
造血幹細胞と造血を制御する司令塔である骨髄のニッチの形成に必須の転写因子を発見
書誌情報
[DOI] http://dx.doi.org/10.1038/nature13071
Yoshiki Omatsu, Masanari Seike, Tatsuki Sugiyama, Tsutomu Kume and Takashi Nagasawa
"Foxc1 is a critical regulator of haematopoietic stem/progenitor cell niche formation"
Nature Published online 02 March 2014
掲載情報
- 京都新聞(3月3日 22面)、産経新聞(3月3日夕刊 10面)、日刊工業新聞(3月3日 14面)、日本経済新聞(3月3日 38面)、毎日新聞(3月3日 2面)および読売新聞(3月3日 38面)に掲載されました。