2013年10月4日
物質中の電子の持つ電荷やスピンと呼ばれる微小磁石の振る舞いが、今日の電子デバイスや磁気メモリなどの機能を実現しています。これらの電子の振る舞いは量子力学に支配されており、その理解を深めることは今後の電子デバイスの開発にとって重要です。
電子の振る舞いが量子力学に支配されている物質の一例として、ストロンチウム(Sr)、銅(Cu)、ボロン(B)、酸素(O)で構成される、SrCu2(BO3)2があります。SrCu2(BO3)2はCuの電子が微小な磁石(スピン)をもち、隣のCuの電子スピンと対(ダイマー)をつくります。磁場をかけた際のこのダイマーの磁気的な振る舞いが、単純な理論では説明できない不思議な階段状の変化を示すことから、発見以来10年以上研究されてきました。しかし、研究には非常に強い磁場が必要となることから、これまでSrCu2(BO3)2の磁気的な性質がその飽和状態の3分の1を示す状態(3分の1領域)における振る舞いの解明までにとどまっていました。
陰山洋 工学研究科教授、松田康弘 東京大学物性研究所准教授、阿部望 同大学院生、フレデリック ミラ スイス連邦工科大学ローザンヌ校教授らの研究グループは、118テスラという極限強磁場中で、このSrCu2(BO3)2の磁化測定にはじめて成功しました。また、その結果から、磁気的な性質がその飽和状態の2分の1を示す状態(2分の1領域)において、SrCu2(BO3)2が2分の1プラトー(磁化の値が平坦になること)と呼ばれる新たな量子状態を示すことを観測して、その完全な解明に成功しました。
本研究の成果は、SrCu2(BO3)2のような二次元磁性体が持つ量子性の理解に大きく貢献し、新たな量子デバイス実現につながるものと期待されます。
本研究成果は、米国学術誌「Physical Review Letters」誌(9月26日付け)に掲載されました。
発表のポイント
- 二次元磁性体について、理論が予測した量子状態と一致する新しい量子状態を観測
- 前人未踏であった極限的な強磁場118テスラでの磁化測定に世界ではじめて成功
- 量子現象と理論との整合性について深い理解を得、将来の量子デバイス開発に貢献
研究の背景と問題点
物質中の電子は量子力学にしたがって運動し、その解明は現代の固体物理学の中心課題です。物質は通常3次元で考えますが、中には擬似的に2次元や1次元とみなせる物質群(例えば、二次元磁性体など)があり、そのような物質では量子性が際立ち、ニュートン力学や古典電磁気学では説明できない現象があらわに観測されることがあります。そのような現象を実験で精密に捉え、理論計算と比較することは、二つの意味において重要です。一つは、量子力学の原理を用いたそれぞれの理論モデルが個々の自然現象を十分説明するかどうかの検証、もう一つは、量子力学の原理を積極的に応用する量子デバイス実現に向けての知識の蓄積です。
二次元磁性体はこのような観点から極めて精力的に実験と理論の両面から研究がなされてきました。中でも、ストロンチウム(Sr)、銅(Cu)、ボロン(B)、酸素(O)で構成される、SrCu2(BO3)2という物質は、Cuの持つ電子が微小な磁石(スピン)を有し、そのスピンが隣のCuのスピンと対(ダイマー)をつくります。このダイマーは、図1左に示すように互いに磁石のS極とN極が逆に対向し、全体として磁石としての性質が消えてしまっています。実際の結晶構造におけるダイマーの配置は図2に示されています。
図1:電子の微小磁石(スピン)は、最初は強い反平行状態にあるが、強磁場をかけると方向がそろう。このとき磁石としての性質が現れ、磁化はゼロから有限の値になる。
図2:SrCu2(BO3)2の結晶におけるCuBO3二次元平面の模式図。Cuイオンは図の青線で模式的に示したように、電子スピン対(ダイマー)をつくる。
この状態に強い磁場をかけると、普通なら図1右のように、いずれ磁石の方向がすべて磁場の方向に揃ってしまい、ダイマーが一度に全部壊れてしまうと考えられますが、SrCu2(BO3)2では、不思議なことにダイマーは多段の非自明な壊れ方をすることがわかっています。このことは、磁場で壊れたダイマーが、物質の中で規則正しく配列した新しい結晶のように振る舞うことによるものと理解されています。この振る舞いは量子力学で説明できるはずですが、あまりに強力な磁場が必要であるため、これまで10年以上もの間、SrCu2(BO3)2の磁気的な性質がその飽和状態の3分の1の状態(3分の1領域)における振る舞いの解明までにとどまっていました。
研究内容
研究グループは、SrCu2(BO3)2の磁化測定をこれまでの70テスラを大幅に更新する118テスラという極めて強い磁場で行うことに成功しました。それによって、図3に示すように、これまで未解明であった2分の1領域に存在する磁化プラトー(磁化の値が平坦になること)と呼ばれる量子状態をはじめて完全に観測しました。この実験は破壊型磁場発生法の一つである「一巻きコイル法」を用いることで実現しました。
図3:SrCu2(BO3)2の磁化過程。赤線で囲った黄色の部分が今回新しく観測できた領域。2分の1量子状態のプラトーの長さは3分の1プラトーの7割程度であり、完全に平坦にもなっていないことから2分の1プラトーの安定性は3分の1プラトーのものより弱いことがわかる。
一巻きコイル法装置は100テスラを超える磁場発生が可能な装置の一つであり、世界に4台しかないユニークな装置です。磁場発生コイルは図4のように磁場発生時に破壊されますが、測定試料などは無傷で残り、30分程度のコイル交換によって繰り返し実験することが可能です。東京大学物性研究所では、目的に応じて使い分けることができる縦型・横型の2台の一巻きコイル法装置を有しており、今回の成果は縦型一巻きコイル法を用いて、極低温と組み合わせて実験することで得られました。
図4:一巻きコイル法で用いる内直径が14mmの磁場発生コイルの写真。左は磁場発生前、右は磁場発生後
さらに、ミラ教授らと協力して、量子力学にしたがった極めて精密な計算を行い、観測された2分の1磁化プラトーが計算によって再現できることを確かめました。その際、SrCu2(BO3)2におけるCuダイマーの性質を決める重要な量子パラメターである、相互作用JとJ'の比J'/Jを0.63と決定することができました。この値は、これまでに予想されてきた値と近く、未踏強磁場領域での極限的な状況下でも、量子力学の原理にしたがって電子スピンが振る舞うことが証明されました。さらに計算からは2分の1プラトー状態の周辺にこれまでに発見されていない新規の量子状態が予測されており、さらに精密な実験からそれらを検証することが今後の新たな課題です。
社会的意義・今後の予定
この成果は二次元磁性体の持つ量子性の理解に大きく貢献し、新たな量子デバイス実現につながるものと期待されます。さらに118テスラという未踏の領域と考えられてきた強い磁場において、精密に電子スピンの振る舞いを捉えたことから、極限強磁場下での物理に大きなインパクトがあると期待されます。
電子の振る舞いを量子力学の観点から理解する上で、磁場の果たす役割は非常に重要であり、ヨーロッパやアメリカにおいても、今後、100テスラ超の強磁場での研究が本格的に展開されることが予想されています。今回の成果は、世界に先駆けてそれを実現した重要な一例です。
用語解説
テスラ
磁場の強さを表す単位。1テスラは10000ガウス(地磁気は約0.4ガウス)。100テスラの磁場を発生させると内部に約4万気圧の磁気圧力が生じ、通常は100テスラを超える磁場はコイル破壊をともなう破壊型磁場発生手法により得られる。
二次元磁性体
電子はスピンと呼ばれる微小な磁石としての性質を有しており、結晶中ではスピン配列によって磁気的な性質が決定される。結晶構造が平面的である場合、スピン配列も二次元的となり、特異な性質を示すようになる。このような物質を二次元磁性体と呼び、磁気的特性に強い量子効果の発現が期待される。
書誌情報
[DOI] http://dx.doi.org/10.1103/PhysRevLett.111.137204
論文タイトル
Magnetization of SrCu2(BO3)2 in Ultrahigh Magnetic Fields up to 118 T
著者
Y. H. Matsuda, N. Abe, S. Takeyama, H. Kageyama, P. Corboz, A. Honecker, S. R. Manmana, G. R. Foltin, K. P. Schmidt, F. Mila
雑誌名
Physical Review Letters (0031-9007), Vol.111, No.13, 26 September 2013.