2013年8月2日
左から江藤教授、平田研究員
平田真治 iPS細胞研究所(CiRA)研究員、江藤浩之 同教授らの研究グループは、1名の先天性無巨核球性血小板減少症(CAMT)の患者の方からiPS細胞を作製し、生体外で血液の細胞へと分化させ、健常者との違いを詳細に解析しました。その結果、ヒトの場合、トロンボポイエチン受容体が、多能性造血前駆細胞の維持や血小板の産生に加え、赤血球の産生にも必須であることを明らかにしました。
この研究成果は2013年8月1日正午(米国東部時間)に米国科学誌「The Journal of Clinical Investigation」のオンライン版に掲載されました。
ポイント
- 先天性無巨核球性血小板減少症の患者さんからiPS細胞を作製し、病態再現
- ヒトでは造血幹細胞、血小板に加えて、赤血球の産生にトロンボポイエチン受容体が必須
研究の背景
CAMTは、トロンボポイエチン受容体が介する細胞内シグナルが先天的に失われることにより、引き起こされます。出生時から深刻な低血小板状態に陥り、幼少期に骨髄の機能不全を起こして、赤血球、白血球の順番で血球細胞が徐々に減少してしまいます。生存するためには、骨髄移植による治療が必要となる重篤な病気です。これまでに、CAMTの病態を解明するため、トロンボポイエチン受容体を失わせたマウスが作製されています。しかし、血小板数の低下は認められるものの、赤血球数が低下することなく寿命を全うでき、CAMT病態を必ずしも再現できていませんでした。当然ながら、病態解析にCAMT患者さんの骨髄細胞を使用することもできません。このように、適切な実験モデルがないことが病態解明の障害となっていました。
iPS細胞は、作製するもとになった方の遺伝情報を残しています。そのため、患者さんから作製したiPS細胞には、患者さん自身のさまざまな遺伝情報が残ります。さらに、iPS細胞はほぼ無限に増えるため、CAMTのようにこれまで研究を行うことが難しかった病態の解明や創薬に役立てることが可能となります。本研究では、1名のCAMT患者さん(骨髄移植を受けて、現在は回復している)にご協力いただいて、iPS細胞を作製し、生体外にて血液の細胞へ分化させ、その挙動を詳細に解析しました。
研究結果
トロンボポイエチン受容体が機能しない場合の血液細胞分化に対する影響
まず、CAMT患者さんの皮膚からiPS細胞(以下、CAMT iPS細胞と表記)を作製しました(Fig1)。CAMT iPS細胞では、CAMT患者さんのもともとの血球細胞と同様に、トロンボポイエチン受容体が機能しませんでした。このiPS細胞を、さまざまな血球細胞へ分化できる多能性造血前駆細胞に分化させ、巨核球や血小板、赤血球などの細胞へ分化する能力を調べました。それぞれの血球細胞数の同定には、それぞれの細胞に固有の細胞表面タンパク質の組み合わせを目印にしました(Fig2)。
Fig1:CAMT患者さんから作製したiPS細胞
Fig2:多能性造血前駆細胞、巨核球・赤血球系前駆細胞、巨核球、赤血球に特徴的な細胞表面のタンパク質
これらのタンパク質の組み合わせで、細胞を分類することができる。
CAMT iPS細胞から作製した多能性造血前駆細胞では、健常者からのiPS細胞と異なり、巨核球や血小板に加えて、赤血球もできなくなっていました(Fig3)。一方、白血球にはある程度分化する能力が残っており、これらの特徴はCAMT患者さんの病態によく似ていました。この病態の原因は、トロンボポイエチン受容体を介する細胞内シグナルを失ったことで、多能性造血前駆細胞から巨核球・赤血球系前駆細胞への分化ができなくなったことにあると考えられました(Fig4)。この結果から、CAMT病態の原因の一つが造血前駆細胞の分化不全であるということが明らかになったとともに、これらの細胞でのトロンボポイエチン受容体の重要性も明らかになりました。
Fig3:CAMT患者さん由来のiPS細胞からは、巨核球や赤血球がほとんどできない
健常者(上)とCAMT患者さん(下)から作製したiPS細胞を分化させ、それぞれの細胞数を測定したところ、健常者に比べて患者さんの方が、巨核球・赤血球系前駆細胞、巨核球、赤血球の細胞数が大幅に減少した。
Fig4:CAMT病態の再現
CAMT患者さんから作製したiPS細胞は、白血球はある程度分化できるものの、血小板や赤血球への分化が著しく損われており、CAMT病態を再現した。さらに、トロンボポイエチン受容体がないと多能性造血前駆細胞から巨核球・赤血球系造血前駆細胞への分化ができなくなることが明らかとなった。
トロンボポイエチン受容体を機能させた場合の血液細胞分化に対する影響
次に、CAMT iPS細胞に対して、トロンボポイエチン受容体を遺伝子導入で補ったところ、巨核球、血小板、赤血球の産生量がいずれも回復しました。補うトロンボポイエチン受容体の量を変え、健常者と同程度にすると、巨核球よりも赤血球へ傾斜した健常者とよく似た分化傾向が見られました。一方、過剰に発現させると、不思議なことに赤血球ではなく巨核球へ多く分化しました。そこで、巨核球と赤血球への分化決定のメカニズムを調べるため、トロンボポイエチン受容体によるシグナルの下流で働く転写因子を調べました。すると、トロンボポイエチン受容体シグナルを強く働かせた場合、巨核球や赤血球へと分化する過程で、健常者ではFLI1が減少するのに対して、CAMT iPS細胞では、FLI1が増加することが分かりました。したがって、トロンボポイエチン受容体シグナルが強くなった際に、健常者ではFLI1が減少して赤血球が多く産生されるのに対し、CAMT患者さんでは逆にFLI1が上昇して巨核球が多く産生されることが示されました(Fig5)。
Fig5:トロンボポイエチン受容体の機能を失ったCAMT患者さんの細胞では、FLI1量の調節に異常がおきる
健常者(左)とCAMT患者さん(右)から作製したiPS細胞にトロンボポイエチン受容体シグナルを強く伝達させると、FLI1の発現量の変化を伴い、それぞれ赤血球あるいは巨核球へ分化が促進された。
まとめ
今回私たちは、CAMT患者さんから作製したiPS細胞を用いることで、白血球に比べて巨核球や赤血球が著しくできなくなるというCAMTの病態を再現することに成功しました。さらに、ヒトでは、トロンボポイエチン受容体シグナルが、多能性造血前駆細胞の維持、巨核球・赤血球系前駆細胞への分化に重要な役割を果たしており、赤血球の産生に必須であることを明らかにしました。これは世界中で汎用されているマウスモデルでは明らかにされなかった知見です。このように、iPS細胞技術を用いることで、疾患の病態解析だけでなく、血球がどのようにして産生されるのかというメカニズムを探ることができます。今回の成果は、これまで、血小板数の増加に用いられていたトロンボポイエチン様の薬剤が貧血改善にも役立つ可能性があることを示唆しています。実際に、昨年The New England Journal of Medicine誌に発表されたデータでも、貧血患者(赤血球減少症)に対してトロンボポイエチン様低分子化合物(ITPなどの血小板減少症患者に適応となった新薬)が効果があるとする臨床データが発表されています。この疾患のiPS細胞は今後、ヒトの血液産生の起源や血液産生経路を研究するための重要な道具ともなります。
本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。
- 文部科学省「再生医療の実現化プロジェクト」
- 文部科学省「科学研究費補助金」
- 内閣府「最先端研究開発支援プログラム(FIRST)」
書誌情報
[DOI] http://dx.doi.org/10.1172/JCI64721
論文名
"Congenital amegakaryocytic thrombocytopenia iPS cells exhibit defective MPL-mediated signaling"
ジャーナル名
The Journal of Clinical Investigation, 123(9) (2013)
著者
Shinji Hirata1, Naoya Takayama1, Ryoko Jono-Ohnishi1, Hiroshi Endo1, 2, Sou Nakamura1, Takeaki Dohda1, Masanori Nishi3, Yuhei Hamazaki3, Ei-ichi Ishii4, Shin Kaneko1, 2, Makoto Otsu2, Hiromitsu Nakauchi2, Shinji Kunishima5, and Koji Eto1, 2
1 京都大学 iPS細胞研究所(CiRA)
2 東京大学 医科学研究所
3 佐賀大学 医学部小児科
4 愛媛大学 医学部小児科
5 国立病院機構 名古屋医療センター
用語説明
先天性無巨核球性血小板減少症
健常者の5~10%の低血小板状態で出生し、その後、数年で赤血球が減少し、続いて白血球が減少する疾患。
iPS細胞
人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced pluripotent stem cell)のこと。体細胞に特定因子を導入することにより樹立される、ES細胞に類似した多能性幹細胞。2006年に山中伸弥 教授らの研究グループにより世界で初めてマウス体細胞を用いて樹立に成功したと報告され、翌2007年にはヒトiPS細胞樹立が報告されている。
トロンボポイエチン受容体
造血因子の一種であるトロンボポイエチンに対する受容体。マウスのモデルやヒトの病態観察からは造血幹細胞の維持や自己複製、巨核球や血小板産生に重要な働きをすることが知られている。
転写因子
タンパク質合成は、DNA上の遺伝子を鋳型にメッセンジャーRNAが転写され、このメッセンジャーRNAが核外のリボソーム上で翻訳される過程で成り立っている。転写因子は、特定の遺伝子の転写開始を制御するタンパク質で、DNAに直接結合して働くものや他の転写因子との相互作用によって機能するものがある。
- 朝日新聞(8月2日 6面)、京都新聞(8月2日 26面)、産経新聞(8月2日 24面)、日刊工業新聞(8月2日 19面)、日本経済新聞(8月2日 38面)、毎日新聞(8月2日 24面)および読売新聞(8月2日 29面)に掲載されました。