2013年1月23日
前伸一 氏(iPS細胞研究所(CiRA)・日本学術振興会特別研究員)、長船健二 CiRA准教授(科学技術振興機構(JST)さきがけ、JST山中iPS細胞特別プロジェクト)らの研究グループは、ヒトiPS細胞を分化誘導させ、腎臓や生殖腺などの元となる中間中胚葉へと高効率に分化させることに成功しました。腎臓再生に向けた大きな一歩を踏み出したといえます。
腎臓の細胞のほとんどは中間中胚葉から分化するため、腎臓再生に向けて、まずヒトiPS/ES細胞から中間中胚葉へと高効率に分化させる技術の開発が必要です。研究グループはヒトのiPS/ES細胞で効率良く遺伝子の相同組み換えを起こさせる技術を確立し、ヒトiPS細胞で中間中胚葉の分化マーカー遺伝子(Odd-skipped related 1: OSR1)に緑色蛍光タンパク質(GFP)を導入することに成功しました。この細胞を用いて、iPS細胞から90%以上の高効率で中間中胚葉へと分化させる方法を確立し、さらに得られたヒト中間中胚葉が実際に腎臓の様々な細胞に分化することも明らかにしました。この研究成果は、iPS細胞から腎臓の再生医療に使用する細胞を供給できる可能性を示しています。また、この分化システムが、中間中胚葉の発生メカニズムを解明する新たな研究ツールを提供することも期待されます。
この研究成果は、2013年1月22日16時(英国時間)に「Nature Communications」にオンライン公開されました。
研究の背景
腎臓は構造や発生機構が複雑であると同時に、老廃物の排泄や血圧の調節、赤血球の合成促進など生理学的に重要な様々な役割を果たしています。腎臓はいったん傷つくとその機能を修復することはほとんどできず、機能不全が進行すると人工透析により命をつなぐことになります。日本の透析患者数は30万人を超え、透析医療費は全医療費のおよそ6%を占めており、腎臓を再生する研究が期待されています。
iPS細胞やES細胞を使って腎臓の細胞を誘導する試みが行われていますが、ヒトのiPS/ES細胞を用いて腎臓の細胞を誘導する技術は完成していません。これまでの発生生物学的研究から腎臓は中間中胚葉から発生することがわかっています。iPS/ES細胞から中間中胚葉を高効率に誘導することは、腎臓の細胞を誘導する上で最初の重要なステップとなります。
研究結果
1)ヒトiPS/ES細胞のゲノムへ効率良く相同組み換えによる遺伝子導入を行う技術を確立
目的の細胞で特異的に発現する遺伝子に蛍光タンパク質を導入することにより、目的の細胞に分化した細胞のみを見分けることができます。しかし、これまでヒトiPS/ES細胞に相同組み換えによる遺伝子導入をする技術は難しく、容易にできるものではありませんでした。研究グループはBAC(bacterial artificial chromosome)ベクターとSNP(single nucleotide polymorphism)アレイ解析を用いて、ヒトiPS/ES細胞のゲノムに効率良く相同組み換えを行う技術を確立しました。この技術を用いて、中間中胚葉の分化マーカー遺伝子であるOSR1にGFPを導入し、中間中胚葉に分化した細胞のみGFPが発する光により検出できる評価系を構築しました。
2)ヒトiPS細胞から中間中胚葉を高効率に分化させる方法を確立
1)で確立した細胞の評価系を利用し、ヒトiPS/ES細胞から中間中胚葉へと分化させる最適な方法を検討しました。様々な成長因子のうち、BMP7(bone morphogenetic protein 7)、activin AおよびWnt3aを細胞に作用させることにより、中間中胚葉へと高効率に分化誘導できることを明らかにしました。さらに低分子化合物(CHIR99021)を用いて分化させる効率を高め、分化誘導後11日目には90%以上の細胞がOSR1を発現し、中間中胚葉に分化していることを確認しました。(Fig. 1)
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分化誘導後、中間中胚葉の指標であるOSR1を発現している細胞の割合が増加し(図内で赤点の集団が右側へとシフト)、11日目には90%を超える細胞が中間中胚葉へと分化したと読みとれる。 |
3)ヒトiPS細胞から誘導した細胞で、腎尿細管の構造を再現
2)で樹立した中間中胚葉をマウス胎児の腎臓細胞と共培養したところ、一部の細胞で管状の構造を形成したものがあり、その細胞は腎尿細管のマーカーであるLTL(Lotus Tetragonolobus lectin)が陽性であり、かつ、尿細管上皮細胞の指標であるLAMININを発現していることを確認しました。したがって、今回確立した方法でヒトiPS/ES細胞から誘導した中間中胚葉には、腎臓の3次元構造を作る能力があることが示されました。(Fig. 2)
Fig. 2 中間中胚葉から誘導した一部の細胞で腎尿細管の構造を形成 |
管構造を形成した細胞はLAMININおよびLTLが共に陽性であり、腎尿細管であると考えられる。緑:ヒトミトコンドリア(ヒト中間中胚葉由来の細胞であることを意味する)、青:核、紫:LAMININ、赤:LTL、図中のバーは50μmを示す。 |
まとめ
本研究では、容易にヒトiPS/ES細胞のゲノムに蛍光タンパク質を相同組み換え法にて遺伝子導入する方法を確立しました。この技術により、目的の細胞になっているか否かを評価できるシステムを構築し、効率の良い分化誘導方法を開発しました。最終的に3種の成長因子と化合物の組み合わせで高効率にヒトiPS細胞から腎臓の元となる中間中胚葉を誘導できることを明らかにしました。また、これらの細胞から腎尿細管の構造を作製することにも成功しました。
次のステップとしてヒトiPS/ES細胞由来の中間中胚葉細胞を腎臓の細胞へと効率良く、かつ特異的に分化させる方法を開発する必要があります。さらに、中間中胚葉は腎臓・副腎・生殖腺の3種に分化することが知られており、腎臓のみならず、副腎や生殖腺の再生医療にも応用が期待されます。
Fig.3:ヒトiPS細胞から腎臓細胞へと分化させるステップ |
今回効率良く誘導する方法を確立した中間中胚葉は、腎臓だけではなく、副腎や生殖腺の細胞にも分化する能力をもっている。 |
論文名と著者
[DOI] http://dx.doi.org/10.1038/ncomms2378
論文名
"Monitoring and robust induction of nephrogenic intermediate mesoderm from human pluripotent stem cells"
ジャーナル名
Nature Communications
著者
Shin-Ichi Mae1*, Akemi Shono1*, Fumihiko Shiota1, Tetsuhiko Yasuno1, Masatoshi Kajiwara1, Nanaka Gotoda-Nishimura1, Sayaka Arai1, Aiko Sato-Otubo5, Taro Toyoda1, Kazutoshi Takahashi1, Naoki Nakayama6, Chad A. Cowan7, Takashi Aoi1, Seishi Ogawa5, Andrew P. McMahon7, Shinya Yamanaka1, 2, 4, 8 and Kenji Osafune1, 3, 4**
*) これらの研究者はこの論文に同程度寄与しました。
**) 責任著者
著者の所属機関
- iPS細胞研究所(CiRA)
- 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)
- 科学技術振興機構(JST) さきがけ
- JST山中iPS細胞特別プロジェクト
- 東京大学がんゲノミクスプロジェクト
- テキサス大学 Health Science Center at Houston
- ハーバード大学 Harvard Stem Cell Institute
- グラッドストーン研究所
本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。
- JSTさきがけ
- JST山中iPS細胞特別プロジェクト
- 文部科学省「再生医療の実現化プロジェクト」
- 上原記念生命科学財団
- 武田科学振興財団
- 内閣府「最先端研究開発支援プログラム(FIRST)」
- 文部科学省科学研究費補助金「若手研究(B)」
- NIH (DK054364)
- 日本学術振興会特別研究員制度
- 朝日新聞(1月23日 33面)、京都新聞(1月23日 1面)、産経新聞(1月23日 1面)、中日新聞(1月23日 3面)、日刊工業新聞(1月23日 23面)、日本経済新聞(1月23日 35面)、毎日新聞(1月23日 2面)、読売新聞(1月23日 36面)および科学新聞(2月1日 4面)に掲載されました。