2012年8月15日
佐藤 特定准教授
自閉症スペクトラム障害は、人口の数パーセントを占めると推測される発達障害で、社会性の障害が主な症状です。特に表情を通したコミュニケーションは、中核的な問題とされています。しかし、自閉症スペクトラム障害で表情コミュニケーションがなぜうまくできないのか、その脳のメカニズムは不明でした。
佐藤弥 白眉センター特定准教授、十一元三 医学研究科教授、魚野翔太 同研究員、河内山隆紀 霊長類研究所白眉プロジェクト特定研究員のグループは、自閉症スペクトラム障害群および定型発達群を対象として、表情を見ている間の脳活動を機能的磁気共鳴画像法(fMRI)で計測することで、この問題を検討しました。従来のほとんどの研究が静的表情を呈示したのに対し、より現実的な表情コミュニケーションを評価できる動的表情を呈示しました。
その結果、自閉症スペクトラム障害群では、下前頭回などの活動が低いことが示されました。下前頭回は、他者の運動と自分の運動を結び付ける「ミラーニューロン」があるといわれている部位です。さらに、神経ネットワークの分析の結果、定型発達群では上側頭溝(表情の視覚分析に関わることが分かっています)と下前頭回が機能的に結合する神経回路が形成されているのに対し、自閉症スペクトラム障害群ではこの回路がうまくはたらいていないことが示されました。
これらの知見は、自閉症スペクトラム障害における表情コミュニケーションの問題が、相手の表情に自動的に共鳴するミラーニューロンの活動不全に起因することを示唆します。またそれが機能的な神経回路の形成の問題から生じることを示唆します。今後この研究成果をもとに、動的表情を用いた脳機能診断法を開発する、表情への運動応答に注目した療育法を開発する、といった展開が期待されます。
この成果は、英医学誌BMC Neuroscience(ビーエムシーニューロサイエンス)誌にて発表されました。
研究の背景
自閉症スペクトラム障害は自閉症やアスペルガー障害の総称で、人口の数パーセントを占めると推測されており、社会性の障害が主な症状です。特に表情を通したコミュニケーションは、中核的な問題とされています。
しかし、表情コミュニケーションがなぜうまくできないのか、その脳のメカニズムはどのようなものか、不明でした。先行の脳機能画像研究の結果は不一致で、結論が得られていません。そうした研究のほとんどは、表情の静止画写真を見たときの脳活動を計測するものでした。しかし、皆さんの日常生活を思い浮かべてもらえば分かるように、動きのある表情のほうがより現実的で、それゆえに表情コミュニケーションの問題を的確に反映すると考えられます。さらに従来の研究が評価対象にしてきたように、脳は個々の領域が様々な機能を担うだけではありません。それらの複数の領域が機能的に結合した神経回路としてもはたらくのです。しかしながら、動的表情処理の神経回路については、定型発達群でさえもほとんど解明されていませんでした。
研究内容と成果
そこで研究グループは、自閉症スペクトラム障害群の成人12名および定型発達群の成人13名を対象として、動的表情(図1)および静的表情を見ている間の脳活動をfMRIで計測しました。脳領域の活動の強さを比較し、また神経ネットワークを分析しました。
図1: 動的表情の例。無表情から感情を表す表情に変化
その結果、動的表情を見たとき、上側頭溝・紡錘状回・扁桃体・内側前頭前野・下前頭回といった領域の活動が、自閉症スペクトラム障害群において定型発達群よりも低いことが示されました(図2)。これらは全て、対人相互作用に関わることが分かっている領域です。
これらの領域の中で特に興味深いのは、下前頭回の活動の違いです。下前頭回は、他者の運動と自分の運動を結び付ける「ミラーニューロン」がある部位です。自閉症スペクトラム障害群では、他者の動的表情を見たとき、自動的に共鳴応答するミラーニューロンがうまく機能していないことが示唆されます。
図2:動的表情を見たとき、自閉症スペクトラム障害群において定型発達群よりも低い活動が示された脳領域
さらに神経回路の分析から、定型発達群において、動画表情を見ているときには視覚野の上側頭溝(表情の視覚分析に関わることが分かっています)と下前頭回の間の機能的結合が強くなることが分かりました(図3)。この神経回路によって私たちは、表情の視覚分析の結果に基づいて表情を模倣したり、自分の表情運動の情報を使って他者の感情を読み取ったりしていると考えられます。
これに対し、自閉症スペクトラム障害群では、上側頭溝と下前頭回の間の結合が弱く、動画表情処理の回路がうまく機能していないことが示されました。
図3: 動的表情を見たときのミラーニューロン回路。上側頭溝と下前頭回の双方向の結合が、自閉症スペクトラム障害群において定型発達群よりも弱いことが示された。
今回の研究は、自閉症スペクトラム障害群において、表情コミュニケーションの問題の基盤にミラーニューロン回路の不全があることを報告する、世界で初めてのものです。
今後の展開
今回の研究成果に基づく今後の展開が期待されます。例えば、自閉症スペクトラム障害についての客観的な診断基準が開発されることが期待されます。現状では診断は行動に基づくもので、その信頼性について議論が続いています。今回の結果は、動的表情の観察時の脳活動計測という手法が、自閉症スペクトラム障害群と定型発達群を客観的に判別する可能性を示唆します。また、療育法への新たな示唆が期待されます。従来の主要な療育法では、表情の写真や絵を認識するトレーニングが提案されています。しかし我々の研究結果は、動く表情を見てそれを模倣するトレーニングが、より自閉症スペクトラムの問題に関連しており、現実の表情コミュニケーションの改善につながる可能性を示唆します。
本研究は、最先端・次世代研究開発支援プログラム、ベネッセコーポレーション、発達障害研究推進機構の支援を受けました。
書誌情報
[DOI] http://dx.doi.org/10.1186/1471-2202-13-99
[KURENAIアクセスURL] http://hdl.handle.net/2433/159107
著者
Sato Wataru*, Toichi Motomi*, Uono Shota & Kochiyama Takanori (*equal contributors)
タイトル
Impaired social brain network for processing dynamic facial expressions in autism spectrum disorders.
掲載誌
BMC Neuroscience, 13:99 (2012)(http://www.biomedcentral.com/bmcneurosci/)
- 京都新聞(8月18日 27面)、産経新聞(8月18日 22面)、日本経済新聞(8月19日 34面)および毎日新聞(8月18日 29面)に掲載されました。