金属と有機物の錯体結晶で”やわらかい”ポリマー材料を作成:安価・高効率な燃料電池材料の開発へ

金属と有機物の錯体結晶で”やわらかい”ポリマー材料を作成:安価・高効率な燃料電池材料の開発へ

2012年4月27日


堀毛 助教

 北川進 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)副拠点長・教授、堀毛悟史 工学研究科助教らの研究グループは、金属と有機物の複合体である錯体化合物を用い、燃料電池の電解質として作動する新たな材料を開発しました。この材料は常温で混ぜるだけで作ることができ、湿度なしで働きます。また可塑性にも優れており、有機ポリマーとセラミックスの両方の特徴を併せ持つ新たな電池材料です。

 論文は近日中に米科学誌「Journal of the American Chemical Society(アメリカ化学会誌)」のオンライン速報版に掲載される予定です。

1. 背景

 燃料電池は酸素と水素ガスのみから発電できる、環境に優しく、化石燃料を使わないエネルギーであり、より一層の普及が望まれています。燃料電池はいくつかの材料の組み合わせからなり、使われる材料のひとつである電解質の種類によって分類されます。特に、電解質に有機ポリマーを用いた燃料電池(PEFC)、セラミックスを用いた燃料電池(SOFC)の二つは実用化もされている燃料電池ですが、それぞれ下に示すように、どちらも一長一短で、これらの良いところを併せ持つ新たな物質の開発が求められています。

燃料電池の種類 利点 課題点
有機ポリマー燃料電池(PEFC) 起動が早い。出力密度が高い。 成形加工に優れる。 レアメタル触媒が必要。 湿度のコントロールが必要。
セラミック 燃料電池(SOFC) 発電効率が高い。様々な燃料・触媒を使える。排熱等を利用できる。 成形加工が難しい。起動停止に時間がかかる。 熱管理が大変。

 燃料電池の中で、イオンを通す電解質は電池特性の鍵をにぎる材料です。有機ポリマーとセラミックの特徴を併せ持つ材料、すなわち100度~300度の温度範囲で電解質として十分に働き、成形加工ができ、湿度のいらない電解質ができれば、燃料電池の普及に大きく貢献できます。これまで、このような電解質の材料開発は、イオンを流す化合物とそれらを担持する固体材料の複合体が主に検討されてきました。複合体ではなく、一種類の結晶固体材料のみを用いて実現できれば、燃料電池において新たな基盤の材料となります。

2. 研究内容と成果

 今回、本研究グループは、水素イオン(プロトン、H+)を伝導する新たな電解質を、金属と有機物の複合体である「錯体ポリマー」材料を用いて合成しました。そしてこの材料を用いて燃料電池を組み、湿度ゼロ、150度の環境で起電力が出ることを確認しました。この錯体ポリマーでできた電解質は、これまでの有機ポリマー燃料電池(PEFC)やセラミックス燃料電池(SOFC)ではカバーできない領域を開拓できるものとして、注目されます。

 まず、本成果のポイントの一つは、この材料の合成の容易さです。今回開発した材料は、図1に示すように、顔料などに用いられる酸化亜鉛とリン酸とイミダゾールを乳鉢で数分間混ぜ合わせるだけで、誰でも簡単に作ることができます。ありふれた物質でも、うまく組み合わせを選ぶことによって、特殊な手法を用いることなく、燃料電池のための新たな機能材料を作ることが出来たのです。


図1.今回の錯体ポリマーの合成方法写真

 もう一つの大きなポイントは、この材料中のプロトン伝導のメカニズムを厳密に解析できたことです。この材料は1種類の結晶からなる固体材料であるため、図2のように、ひとつひとつの原子の位置をはっきりと見ることができます。研究グループはこの観察により、プロトンが錯体ポリマー中のどこをどう動いていくのか、その道筋をX線解析とNMR測定によって明らかにしました。プロトン伝導の鍵を握っていたのは、イミダゾールの回転です。錯体ポリマー中のイミダゾールは一直線に並んでおり、ある温度(約70度)になると、ちょうど時計の歯車のように一斉に回転を始めます。この運動によりひとつひとつの結晶中でベルトコンベアのようにプロトンを送り出すことで、伝導が起こっていることがわかりました。このプロトン伝導度は130度で10-4~10-3S/cmです。またこのイミダゾールの回転は、亜鉛とリン酸からなる錯体ポリマーと電子(電荷)のやり取りをすることで、歪みの少ない円形になっているために起こることもわかっています。分子レベルでプロトン伝導のメカニズムを観察できたことは、今後の材料開発の大きな足がかりです。

 ところで、このような固体中の分子運動は通常、大きな体積変化を伴います。これまでの材料の中には、イオン伝導能は高いけれども、温度による体積変化によって生じる機械的なひずみが原因で実用化に至らなかったものもあります。今回の材料の特徴のもう一つは、適度な柔らかさと内部空間を持つ錯体ポリマーを用いているためこの体積変化が非常に小さいことです。内部のイミダゾールは固体内部で十分運動できる空間が確保されながら取り込まれており、回転/静止を繰り返しても材料の変形はほとんど起こりません。実際、この材料をペレット状に成形し、電池のシステムに組み込んだところ、形状の変化なく水素ガスと空気から、約0.75Vの起電力を得ることができました。この特徴は錯体ポリマーの無機的な性質をうまく利用できています。


図2.錯体ポリマーの結晶構造の一部。 色はそれぞれ
紫:亜鉛、赤:酸素、青:窒素、灰色:炭素を表している

 一方で、この材料は鎖状のポリマーであるため、有機ポリマーに似通った性質も持っています。有機ポリマーは成形性が良いため、簡単にフィルムやファイバーを作ったり、材料を小型化したりすることが可能です。今回の錯体ポリマーは常温では剛直ですが、一度、適度に加熱すると透明になり(図3)、有機ポリマーのように変形し、様々な形に加工することができます(熱可塑性)。よって錯体ポリマーでも、この熱可塑性を利用することで容易にフィルム化が可能です。また加熱処理の際には適度な粘着性も有するため、他の材料との接着にも向いています。セラミックなど従来の無機物では、高度なレーザー加工技術を用いなければフィルムにすることは出来なかったのに比べ、ここでは錯体ポリマーの有機的な側面をうまく利用しています。この特徴は、今後燃料電池に実装される際の大きな利点となることが期待できます。


図3.(a)乳鉢で混ぜた直後の錯体ポリマー粉末 (b)錯体ポリマー粉末を加熱処理し、柔軟になった状態

 今回用いた錯体結晶材料は、燃料電池の電解質としてはまだあまり検討されていません。しかし本成果でも明らかにしたように、うまく錯体の分子設計をすることにより、有機材料と無機材料の両面を兼ね備えた新たな電池材料になり得ます。既存材料の複合化ではなく、1種類の結晶性化合物でこのような特性を見つけたことにより、電池材料の選択の幅を大きく広げることができました。

3. 今後の期待

 今回の材料の元となる錯体ポリマーは亜鉛だけではなく、アルミニウムや鉄などの他の金属からも作ることができます。結晶の持つ構造を変えることによって、電池の作動温度や出力特性などが向上することが期待されます。また、今回の水素イオン(プロトン)だけではなく、分子設計によってリチウムイオン(Li+)の電解質も可能であることから、燃料電池の他にも二次電池などへの応用も検討できます。そして、このような新しい材料を用いたイオン伝導特性の改良により、燃料電池の触媒で用いられている白金やパラジウムなどのレアメタルを使わない、より環境負荷の小さな電池システムの実現も期待できます。

用語解説・注釈

錯体ポリマー
金属イオンと有機配位子が化学結合で連結することによってできる、ネットワーク構造を持つ錯体。配位高分子とも呼ばれる。

燃料電池
水素と酸素を利用した次世代の発電システム。水の電気分解と逆の原理によって高効率の発電を行う。二酸化炭素やNOxなどの有害ガスを排出しないため、環境にやさしい発電システムである。

電解質
特定のイオンだけを選択的に通し、電子やその他のイオンを通さない物質。中低温用燃料電池には水素イオン(H+)だけを輸送する電解質が主に用いられる。

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1021/ja301875x

Horike Satoshi, Umeyama Daiki, Inukai Munehiro, Itakura Tomoya, Kitagawa Susumu.
Coordination-Network-Based Ionic Plastic Crystal for Anhydrous Proton Conductivity. Journal of the American Chemical Society. April 18, 2012.
doi: 10.1021/ja301875x

今回の研究は、以下の事業の一環として行われました。

JST戦略的創造研究推進事業
個人型研究さきがけ「新物質科学と元素戦略」研究領域(研究総括:細野 秀雄)
研究課題「固体イオニクス未開領域を拓く錯体集積体の創出」(研究者:堀毛 悟史)

関連リンク

その他の写真や詳細については、以下のiCeMSウェブページをご覧ください。

http://www.icems.kyoto-u.ac.jp/j/pr/2012/04/27-nr.html

 

  • 京都新聞(4月28日 25面)、日刊工業新聞(5月4日 11面)および日本経済新聞(4月30日 11面)に掲載されました。