遺伝子挿入のないヒトiPS細胞のより簡便な樹立法の開発

遺伝子挿入のないヒトiPS細胞のより簡便な樹立法の開発

2011年4月4日


沖田圭介 iPS細胞研究所講師と山中伸弥 物質-細胞統合システム拠点教授/iPS細胞研究所長らの研究グループの研究成果が、日本時間4月4日(月曜日)にネイチャー・メソッド(オンライン版)に掲載されました。

ポイント

  • OCT3/4、SOX2、KLF4、LIN28、L-MYC、p53shRNAという6つの因子をエピソーマル・プラスミドを用いて導入する方法は遺伝子挿入のないヒトiPS細胞を効率良く樹立できる
  • ヒト歯髄細胞から日本人の約20%に移植適合性をもつヒトiPS細胞が作製できた

研究の概要

 沖田圭介 iPS細胞研究所講師と山中伸弥 物質-細胞統合システム拠点教授/iPS細胞研究所所長らの研究グループは、岐阜大学、理化学研究所、NPO法人HLA研究所などとの共同研究により、6つの因子をエピソーマル・プラスミド遺伝子導入ベクターとして用い、細胞のゲノムに外来遺伝子挿入のないヒトiPS細胞(人工多能性幹細胞)を効率よく樹立できることを示しました。

 また同時に、上記の樹立方法で、日本人の約20%への移植適合性を示すHLA3座ホモの歯髄細胞2株から、外来遺伝子の挿入のないiPS細胞の樹立に成功しました。さらに、ドーパミン神経細胞網膜色素上皮細胞に分化できることも確認しました。

 今回開発した方法は、将来期待されている細胞移植治療に利用可能なiPS細胞を樹立する際に有効な方法になりうると考えられます。

研究の背景

 iPS細胞が樹立できることを初めて示した方法では、レトロウイルスを遺伝子導入ベクターとしてOct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycといった4つの転写因子線維芽細胞に導入して作製しました。しかしその後、レトロウイルスを用いた遺伝子導入法は細胞のゲノムにランダムな遺伝子挿入が起こることから、遺伝子変異を起こし腫瘍形成などの原因になることが示されています。

 そのようなことから、これまでにアデノウイルスやセンダイウイルス、タンパク質や合成RNAなどを用いた外来遺伝子の挿入が起こらない因子導入法が開発されてきました。しかし、これらは誘導効率が低いことや技術的に扱いにくいといった改善点も指摘されていました。

研究の成果

(1)OCT3/4, SOX2, KLF4, LIN28, L-MYC, p53 shRNAという6つの因子をエピソーマル・プラスミドを用いて導入する方法は遺伝子挿入のないヒトiPS細胞を効率良く樹立できる。

 本研究では、OCT3/4, SOX2, KLF4等に加え、これまでの研究で樹立効率を上げる効果のあったL-MYCやp53 shRNAを用い、新たにベクターを作製して複数の組み合わせについて樹立効率を検討しました(図1)。その結果、OCT3/4, SOX2, KLF4, LIN28, L-MYC, p53 shRNAを組み合わせて用いた場合にiPS細胞のコロニーが最も多く得られました。また、従来報告されていたOCT3/4, SOX2, KLF4, c-MYC, NANOG, LIN28, SV40LTの7つの遺伝子の組み合わせを用いたベクターと比較しても、効率が格段に上昇しました(図2)。

   

 さらに、これらの組み合わせで得られたiPS細胞について分析したところ、ヒトES細胞と似た形態を示し、細胞は大きな核と少量の細胞質で構成されていることが観察できました(図3)。遺伝子発現についてもヒトES細胞やレトロウイルスを用いて樹立したiPS細胞とほぼ同じ遺伝子発現の結果が得られました(図4)。また、iPS細胞から免疫不全マウスを用いて奇形腫を作製したところ、奇形腫の中に三胚葉系の組織が確認できました。一方で、試験管内にてドーパミン神経細胞や網膜色素上皮細胞に分化することも確認しました(図5)。このことは、今回の樹立方法で作製されたヒトiPS細胞は、ES細胞と同等の分化多能性があることを示しています。

    

   

  1. 図5.f-h:誘導したドーパミン神経細胞  i & j :網膜色素上皮細胞

 次に、遺伝子導入の際にベクターとして用いたエピソーマル・プラスミドの残存について検討しました。プラスミドを導入して6日後の検査では、1つの細胞あたり平均約200個のプラスミドが導入されていました。しかし、11~20回継代した約80~120日後には、大半の細胞でプラスミドが検出限界以下になっていました。その一方で、ごく一部の細胞では、導入遺伝子が染色体に導入されていることも明らかになりました。これらの結果から本実験で用いたエピソーマル・プラスミドは、ほとんどの細胞では自発的に消去されていることが分かりました。

 以上の結果から、OCT3/4, SOX2, KLF4, LIN28, L-MYC, p53 shRNAの因子をエピソーマル・プラスミドを用いて導入する方法は、導入遺伝子の残存のないヒトiPS細胞の樹立方法として有効な手法であると考えられます。

(2)ヒト歯髄細胞から日本人の約20%に移植適合性をもつヒトiPS細胞が作製できた

 これまでに、ヒトの歯髄の細胞からiPS細胞の樹立についても検討してきました。採取した107人の歯髄細胞から、LA-A, BおよびDRの3座がホモと考えられる細胞を2株得ることができています。これらの細胞から、今回開発した手法を用いてiPS細胞を樹立しました。

 HLA3座ホモのiPS細胞は、歯髄細胞を提供した107人のHLA型と照合した結果、32人の方への移植適応性があると考えられます。また、NPO法人HLA研究所が所有しているHLA型のデータベースを元に検討したところ、このヒトiPS細胞2株で日本人の約20%の方への移植適合性があると考えられます。

 これまでの研究では、異なる型を持ったHLA3座ホモのヒトiPS細胞が50株あれば、日本人の約90%への移植適合性があることが試算されています。今回用いたHLA型のデータベースで日本人への移植適合性について、より厳しい条件で試算したところHLA3座ホモの細胞50株で約73%、75株で80%、140株で90%への適合性が示されました。その一方で、HLA3座ホモの細胞50株を揃えるためには約37,000人、75株では約64,000人、140株では約160,000人のHLA型を調べる必要があるという試算結果を示しました(図6)。ただし、今回調べたHLA3座が適合すれば移植時の免疫拒絶反応は弱くなることが期待されますが、完全になくなるわけではありません。

   

  1. 図6.
    a. 日本人に対するHLA3座ホモ細胞の移植適合性の割合
    b. HLA3座ホモ細胞を探索する際に必要な検査人数

まとめ

 本研究では、遺伝子導入の無いヒトiPS細胞を簡便に樹立する方法として、OCT3/4, SOX2, KLF4, LIN28, L-MYC, p53 shRNAの因子を組み合わせて用い、エピソーマル・プラスミドを遺伝子導入ベクターとして用いることが有効であることを示しました。この方法は、自家および、他家移植に用いるiPS細胞の樹立方法として利用できると考えられます。

 また、上記の方法を用いて2ラインのHLA3座ホモの細胞からiPS細胞を作製しました。そして、HLA型のデータベースを用いた試算によって、このiPS細胞が日本人の約20%への移植適合性を示すことを明らかにしました。

 しかしながら、より多くの人に移植可能なiPS細胞を樹立するには、数万人の中からHLA3座ホモ型の人を探すことも必要であることを試算しました。

 本研究で得られたこれらの結果は、将来、細胞移植治療に有効なiPS細胞樹立方法の確立に向けて有意義な知見と考えられ、治療用iPS細胞バンクの構築に向けた基盤技術になると考えています。

論文名と著者

“A more efficient method to generate integration-free human iPS cells”
Keisuke Okita1), Yasuko Matsumura1), Yoshiko Sato1), Aki Okada1), Asuka Morizane1,2), Satoshi Okamoto3), Hyenjong Hong1), Masato Nakagawa1), Koji Tanabe1), Ken-ichi Tezuka4), Toshiyuki Shibata4), Takahiro Kunisada4), Masayo Takahashi1,3), Jun Takahashi1,2), Hiroh Saji5), Shinya Yamanaka1,6-8).
「遺伝子挿入のないヒトiPS細胞のより簡便な樹立法の開発」(参考訳)
沖田圭介1)、松村泰子1)、佐藤美子1)、岡田亜紀1)、森実飛鳥1,2)、岡本理志3)、洪炫禎1)、中川誠人1)、田邊剛士1)、手塚健一4)、柴田敏之4)、國貞隆弘4)、高橋政代1,3)、高橋淳1,2)、佐治博夫5)、山中伸弥1,6-8)
所属機関
1)京都大学 iPS細胞研究所(CiRA)
2)京都大学 再生医科学研究所
3)理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター(理研CDB)
4)岐阜大学
5)NPO法人HLA研究所
6)京都大学 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)
7)山中iPS細胞特別プロジェクト
8)米国グラッドストーン研究所

本研究への支援

本研究は、下記機関より資金的支援を受け実施されました。

  • 独立行政法人医薬基盤研究所(NIBIO)「保健医療分野における基礎研究推進事業」
  • 文部科学省(MEXT)「再生医療の実現化プロジェクト」
  • 内閣府「最先端研究開発支援プログラム」
  • 独立行政法人日本学術振興会「科学研究費補助金」
  • 千里ライフサイエンス振興財団

関連リンク

 

  • 朝日新聞(4月4日 29面)、京都新聞(4月4日 20面)、産経新聞(4月4日 21面)、中日新聞(4月4日 25面)、日刊工業新聞(4月4日 13面)、日本経済新聞(4月4日 30面)、毎日新聞(4月4日 25面)および読売新聞(4月4日 29面)に掲載されました。