自然の複雑な気温変化から植物が季節を知るしくみ-気候変動に対する植物応答の予測に向けて-

自然の複雑な気温変化から植物が季節を知るしくみ-気候変動に対する植物応答の予測に向けて-

2010年6月8日


工藤教授

 工藤洋 生態学研究センター教授らの研究グループの研究成果が米国科学アカデミー紀要「Proceedings of the National Academy of Sciences」(電子版)に掲載されました。

  • 論文名:
    Robust control of the seasonal expression of the Arabidopsis FLC gene in a fluctuating environment. (邦訳:変動する環境下におけるシロイヌナズナ属FLC遺伝子の頑健な季節的発現調節)
  • 著者:
    S. Aikawa, M. J. Kobayashi, A. Satake, K. K. Shimizu, H. Kudoh

ポイント

  • 「過去6週間の気温を遺伝子が記憶」
  • 「開花遺伝子の自然条件での働きを解明」
  • 「温暖化に備える生態系・農業技術への貢献の可能性」

背景

 植物がそれぞれ決まった季節に花を咲かせることは、広く知られている現象である。その仕組みを明らかにすることは、植物学の重要な課題であるとともに、農業生産の管理や育種を通して食糧を安定的に供給する上で、また、地球温暖化に対する生態系応答を予測する技術を開発する上でも重要である。これまで、花を咲かせる時期を決める遺伝子(開花遺伝子)が60以上も発見され、その機能が厳密に制御した実験環境下で研究されてきた。植物は日長や温度の変化を感受して季節を判断すると考えられているが、開花遺伝子が実際の自然条件下でどのように機能するかについてはほとんどわかっていなかった。

目的

 自然条件では、気温の季節変化は1ヶ月をこえる長期の傾向として現れる(図1)。昼夜変化、1日ごとの変化、あるいは週単位の変化といった、より短い期間の変化は必ずしも季節とは一致しない(例えば、「春に今週は先週より寒い」とか「秋に今週は先週より暑い」ということはよくある)。つまり、植物が自然の温度変化に応答して季節を判断するためには、長期の“記憶”に相当するような働きが必要であることになる。本研究では、複雑に変動する温度から植物がどのように季節情報を抽出しているかを明らかにすることを目的とした。“記憶”に相当する機能が、遺伝子発現によってなされているかを調べるとともに、“記憶”の期間を調べた。

    

研究成果の概要

 本研究では、植物が気温の長期傾向に応答して遺伝子の働きを調節していることを明らかにし、その“記憶”期間は約6週間であることを示した。この結果は、植物が自然の複雑な温度変化の中でも季節に応答できる理由をよく説明する。この仕組みのもたらす頑健性(ノイズの多い状況においても正常に機能することができる性質)こそが、自然条件下での開花時期の決定において重要である。

研究内容

 本研究は、自然条件下において遺伝子の機能を解析するという新しいタイプの研究である。日本に自生するアブラナ科の植物ハクサンハタザオ(写真1、2)が持つ温度に応答する開花調節遺伝子AhgFLC(遺伝子の個称)に着目し、兵庫県多可町の自然集団において、遺伝子の働きを1週間おきに2年間にわたって測定した。得られた遺伝子発現データと気温のデータを用いて時系列モデル解析を行い、過去6週間の気温にしたがってAhgFLC遺伝子の発現が調節されていることを明らかにした。

    

  1. 写真1:調査地に生育するハクサンハタザオ

    

  1. 写真2:ハクサンハタザオの花

研究チーム

 生態学研究センターの大学院生・相川 慎一郎(あいかわ しんいちろう)、教授・工藤 洋(くどう ひろし)、チューリッヒ大学(スイス)の大学院生・小林 正樹(こばやし まさき)、准教授・清水 健太郎(しみず けんたろう)、北海道大学の特任助教・佐竹 暁子(さたけ あきこ)の5名からなる研究チームを構成した。本研究は生態学(京都大学)、分子生物学(チューリッヒ大学)、数理生物学(北海道大学)を専門とする3研究室の共同研究による成果である。

研究の意義

 自然条件下で遺伝子の働きを調べることにより、環境変動に対する植物の応答をより正確に予測できることを示した。地球温暖化に対して自然生態系や農業生態系がどう反応するかを予測する技術への応用が可能であり、生物多様性の維持や食料の安定供給に貢献するグリーンイノベーション(地球温暖化対応における技術革新)に役立つ。

用語解説

遺伝子発現

 遺伝子の働きを測る指標であり、メッセンジャーRNA量を定量することによって調べる。遺伝子が機能する際に、DNA配列がメッセンジャーRNAに転写され、それが実際の機能を果たすタンパク質に翻訳される。

時系列モデル解析

 時間の経過に従い連続的に変化する指標間の関係についての統計モデルを用いた解析。

関連リンク

 

  • 京都新聞(6月8日 1面)、産経新聞(6月8日 22面)、中日新聞(6月8日 3面)、日刊工業新聞(6月8日 28面)、日本経済新聞(6月8日夕刊 14面)、毎日新聞(6月8日 28面)および読売新聞(6月8日 2面)に掲載されました。