2009年10月15日
京都大学
基礎生物学研究所
西村教授
西村いくこ 理学研究科教授と初谷紀幸 博士研究員(現北海道大学特任助教)、および西村幹夫 基礎生物学研究所教授らのグループは、細菌に感染した植物が誘導する新しい防御メカニズムを世界で初めて発見しました。
私達ヒトは病原菌やウイルスに感染すると、体内の免疫細胞がこれらの外敵を攻撃してくれます。植物も様々な外敵にさらされながら生きていますが、動物にみられる免疫細胞のような特殊部隊をもっていません。そのため、植物は外敵である細菌やウイルスの感染に対して、感染を受けた細胞を犠牲にして死滅させることにより、病原体が全身に拡散することを防いでいます。この生体防御のための細胞死のメカニズムについては、同グループが2004年に米国サイエンス誌にウイルス感染に対する細胞死の実行因子を明らかにしてきましたが(Science, 2004)、細菌に対するメカニズムは不明のままでした。
植物細胞は、内部に発達した液胞をもち、液胞の中に細菌を攻撃するための抗菌物質や分解酵素を多量に蓄積しています。一方、細菌は細胞の外で増殖し植物を危機にさらします。しかし、植物が、細胞外の細菌を死滅させるために、どのようにして細胞内の抗菌物質を使っているかということは長らく謎のままでした。本研究グループは今回、細菌に感染した植物の細胞が、細胞の内側にある液胞と外部とをつなぐトンネルをつくることにより、液胞内部の抗菌タンパク質を外部に放出して細菌を攻撃すると同時に、自らの細胞を死に至らしめるという防御メカニズムを見出しました。
病虫害による食糧損失の軽減は、21世紀の食糧危機を救う重要課題となっています。薬剤防除技術に頼らない環境に調和した新たな病害防除技術の開発が求められている中、本研究の成果は、植物が本来もつ自己防衛能力を強化させるための技術開発に貢献することが期待されます。
本研究成果は、2009年10月15日(米国時間)に米国科学雑誌「Genes & Development」のオンライン速報版で公開されました。
- 論文名
"A novel membrane fusion-mediated plant immunity against bacterial pathogens"
(細菌感染に対する膜融合型の新しい植物免疫機構)
研究の背景と経緯
植物も私達と同様に常に病原体の攻撃にさらされながら生きています。私達ヒトを含む動物は外来の病原体から身を守るために特殊化した免疫細胞をもっています。そのような特殊部隊をもたない植物は、全身の個々の細胞が外敵に備えている必要があります。そこで、植物は、過敏感細胞死と呼ばれる細胞死を伴う戦略を駆使して身を守ります。即ち、病原体に感染した細胞は、自らを犠牲にして病原体を巻き込みながら心中します。その結果、病原体は全身に蔓延することなく、植物体は生き残るというものです。この自殺とも言える細胞死の分子レベルでのメカニズムは長く不明でしたが、同グループが2004年に米国サイエンス誌(Science, 2004)にウイルス感染に対する細胞死の実行因子を初めて明らかにしました。しかし、ウイルスとは全く異なる病原体である細菌の感染に対するメカニズムは依然不明のままでした。今回の研究の成果は、この細菌感染による植物の過敏感細胞死の新しい戦略とそれを支えている分子機構を明らかにしたものです。
研究の内容
本研究では、細菌(トマト斑葉細菌)をモデル植物シロイヌナズナの葉に感染させました。感染した葉の細胞は、細菌を封じ込めるために急速に過敏感細胞死を引き起こします。図1は感染後数時間で死に始める葉の様子を示しています。
この細胞死の過程で細胞でどのようなことが起きているかを電子顕微鏡で観察すると意外な現象がみえてきました。図2は感染した細胞の一部を示しています。植物の細胞は内部に発達した液胞をもっています。細菌の感染後3時間目くらいから、液胞を取り囲んでいる膜と細胞の膜が頻繁に融合し、細胞の内部と外部をつなぐトンネルが形成されることを見出しました(図2の赤い矢印部分)。これまで生物の細胞でこのような現象は報告がないことから、この発見は高く評価されました。
- 図1.トマト斑葉細菌を感染させたシロイヌナズナの葉。葉の右半分に菌を接種している。
- 図2.細菌の感染後に細胞内の液胞の膜と細胞膜とが融合し、細胞の中と外がつながるトンネルが形成される。
液胞の中には細菌を攻撃するための抗菌物質や分解酵素を多量に蓄積しています。一方、細菌は細胞の外で増殖し植物を危機にさらします。しかし、植物が、どのようにして細胞内の抗菌物質を細菌に対して使っているかということは長らく謎のままでした。このトンネル形成の結果、細胞内の抗菌物質が細胞外に放出されることが分かりました(図3)。しかし、このようなトンネル形成は通常の状態では起こりません。これを抑えているのがプロテアソームと呼ばれるタンパク質分解装置の1つであることがわかりました。プロテアソームの働きを抑えると、トンネルは形成されず、細胞内の抗菌物質の放出はみられません(図3、右)。
- 図3.トンネルが形成された結果、液胞内部の抗菌物質が細胞外に放出される。液胞内部のタンパク質を緑色蛍光で染めている。細菌の感染前(左)には、蛍光は細胞内にみられるが、感染後4.5時間で液胞内の物質が細胞外に放出され、蛍光が細胞の外に検出されるようになる(中央)。プロテアソーム阻害剤はこの放出を抑制する(右)。*印は細胞外を示す。
本研究の成果から提案されるモデルは図4に示す通りです。細菌の感染により、プロテアソーム依存的に膜融合(トンネル形成)が起こり、細胞内に蓄えられている抗菌物質が放出され細菌を攻撃します。同時に細胞内の分解酵素も放出され細胞は死に至ります。このように、全ての細胞が持ち合わせている液胞をうまく使って細菌の感染から身をまもっていると考えられます。このようなユニークな細胞死の機構の発見は世界的にも報告例がありません。
- 図4.細菌感染に応答して誘導される膜融合(トンネル形成)とそれによる抗菌物質の放出と過敏感細胞死のモデル。
今後の展開
今回の研究により明らかになった細胞の内と外をつなぐという現象はこれまでに報告がなく、全く予想外の細胞の挙動です。この成果は、細胞内の膜系から生命活動を解明しようとする基礎研究にとって動物・植物を問わず全く新しい視点を与えるものと考えます。
一方、応用面での貢献も期待できます。世界の食糧作物の病虫害による損失は年間約29%におよぶとも言われ(日本植物防疫協会)、病虫害による食糧損失の軽減は、21世紀の食糧危機を救う重要課題となっています。薬剤防除技術に頼らない環境に調和した新たな病害防除技術の開発が現在求められています。本研究の成果を応用することにより、植物が本来もつ自己防衛能力を強化させる技術の開発への貢献が期待できます。
- 朝日新聞(10月15日夕刊 7面)、京都新聞(10月15日夕刊 8面)、産経新聞(10月15日夕刊 8面)、日刊工業新聞(10月16日 21面)、日本経済新聞(10月15日夕刊 16面)および中日新聞(10月15日夕刊 10面)に掲載されました。