四本の手をもつ金属原子の磁性の変換に成功 -磁気記録、スイッチ素子の革新につながるか-

四本の手をもつ金属原子の磁性の変換に成功 -磁気記録、スイッチ素子の革新につながるか-

2009年7月21日


左から川上講師、陰山准教授

 陰山洋 理学研究科准教授、吉村一良 同教授、高野幹夫 物質-細胞統合システム拠点特定拠点教授、川上隆輝 日本大学量子科学研究所講師、八木健彦 東京大学物性研究所教授、Chong-Long Fu 米国オークリッジ国立研究所博士らは共同で、四本の(結合)手をもつ金属原子の磁性(スピン状態)を変換することに、自らが最近発見した鉄の酸化物により実現することに成功し、英国科学誌「ネイチャー・ケミストリー(Nature Chemistry)」に論文が掲載されると同時に、同誌のNews&Views欄にハイライトされることになりました。金属原子の磁性を変換する試みは、80年前から盛んに行われていますが、この物質では結合手の数だけではなく、全く新しいメカニズムによって起こるという斬新さがあり、今後、磁気記録材料や磁気スイッチ素子などの革新が期待されます。

  • 掲載論文名:
    「Spin Transition in a Four-Coordinate Iron Oxide」
    (四配位の鉄酸化物におけるスピン転移)

研究成果の概要


図1 八面体(手が6本)

 物質において、各金属原子がもつ磁石(スピンとよばれます)の大きさを変えることは、世界最小の磁気スイッチと見なすことができます。この現象は、スピン転移(あるいはスピンクロスオーバー)と呼ばれ、温度、圧力、光、磁場、ガス吸収などの様々な刺激に応答します。物性科学において最も基礎的な現象の1つであるこのスピン転移は、1930年前半に初めてみつかって以来、今日に至るまで数えきれないほどの物質(酸化物、鉱物、生体物質、超分子)が発見されており、最近は、磁気記録材料や磁気スイッチ素子などへの応用という新しい観点に基づく開発研究が盛んに行われています。

 身近には、私たちの血中のヘモグロビンの中で、鉄原子がスピン転移をおこすことで酸素の伝達が容易になることが知られています(つまり、私たちが生きているのは絶え間ないスピン転移のお蔭です)。また、地球の奥深くのマントル内部における鉄原子のスピン転移が、地震波速度の異常の原因になることが指摘されています。しかしながら、これまでスピン転移をおこすことが知られている殆ど全ての物質では、図1にしめすように金属原子のまわりに6つの配位子(6本の結合手)が八面体を形成するという共通点があり、また、極めてシンプルな理論の枠組みで説明がつくものでした。

 本研究で用いられた物質は、同グループが2007年に英国科学誌「ネイチャー(Nature)」に報告した二酸化鉄ストロンチウムSrFeO2(Sr:ストロンチウム、Fe:鉄、O:酸素)です(図2)。この物質では、鉄が4つの酸素に平らに囲まれており、これは構造化学上の常識を覆すものでありました。金属原子の周りの局所構造は、物質の諸機能の根幹をなすため、この鉄酸化物から様々な新しい機能が期待されていましたが、今回、たった4本の(結合)手しかない金属において世界で初めてスピン転移を観測することに成功しました。

図2 SrFeO2におけるスピン転移

 具体的には、SrFeO2の粉末試料について、日本大学のダイヤモンドアンビル超高圧発生装置を用いて70万気圧までの圧力をかけ、メスバウアー効果を測定したところ、33万気圧を境に鉄原子の磁石(スピン)の大きさが半分になっていることを見出しました(図3)。また、常圧では隣り合う鉄原子の磁石(スピン)が反対向きに並ぶため物質全体としては磁石ではありません(反強磁性体といいます)でしたが、高圧では全ての鉄原子の磁石(スピン)が同じ向きに揃う状態、つまり物質全体が磁石(強磁性体といいます)になることがわかりました。さらには、常圧では電気を流さない絶縁体であった本物質が高圧で金属になることを電気抵抗測定より示しました。スピン転移に伴ってこのような電気的、磁気的性質がここまで豊かな変化を示した例は過去にありません。

図3 SrFeO2のメスバウアー効果。スピンの大きさ(S)は、それぞれ常圧でS=2、高圧でS=1であることを示す

 従来のスピン転移はすべて、単純な配位子場理論の枠組みで、図4のように、金属原子の整数個の電子を5つの軌道にいかに配置するかで説明可能でした。しかし、最先端の第一原理計算の結果、SrFeO2の場合、(平均すると)非整数個の電子の移動を含んだ全く新しいメカニズムにより、従来の理論では発現しえない、特異なスピン状態が現れることも予言されています。このスピン状態の変化に電導性の変化を組合せることで磁気メモリ材料やスイッチ素子を原理的に革新できる可能性があります。

図4 通常のスピン転移の機構。整数個の電子が異なる軌道に移る

 鉄は、全ての金属の中で圧倒的な存在量を誇るだけでなく、人体や環境に安全です。したがって、鉄を含む物質から新しい機能を開発する研究の重要性は、資源・元素の安定確保が喫緊の課題といわれる世界状況の中で増してきています。今回、圧力が高いとはいえ、平面状の鉄酸化物において金属磁石状態を実現できたことは、今後の強力金属磁石の研究開発にはずみをつけることが期待されます。また、理論研究によると、SrFeO2の金属磁石は、ハーフメタルであることが指摘されています。ハーフメタルは、トンネル磁気抵抗素子など、現在急速な発展をみせているスピントロニクスでの応用が期待されています。本物質では、安価な鉄のみをつかって、しかも室温でハーフメタルを初めて実現されました。

 本研究は、特定領域研究「フラストレーションが創る新しい物性」、基盤S「深い3d準位のもたらす新しい化学と物理:新物質開発と化学的・物理的機能の探索」により行われたものです。

 

  • 京都新聞(7月22日 35面)、日刊工業(7月22日 27面)および読売新聞(9月14日 11面)に掲載されました。