2008年9月4日
佐藤矩行 理学研究科教授(写真右)らの研究グループは、財団法人サントリー生物有機科学研究所との共同研究で、ホヤを使った研究から、タキキニンという神経ペプチドが卵の成長促進に必須の役割を持つことを明らかにしました。
この研究成果がアメリカ内分泌学会が発刊する内分泌学の代表的な学術誌、Endocrinology の9月号に掲載されましたのでお知らせします。
研究論文の筆頭著者は青山雅人 サントリー生物有機科学研究所研究員、責任著者は佐竹炎 サントリー生物有機科学研究所主幹研究員(写真左)です。
また、この研究成果は、アメリカ内分泌学会が発行する機関誌、「Endocrine News」7月号にも注目の研究成果として記事になりました。
ポイント
- 海にすむホヤは、受精卵が発生すると脊索や背側神経管をもつオタマジャクシ幼生になることから、私たち脊椎動物の姉妹群である(尾索動物と呼ばれる)。
- ホヤは私たち脊椎動物の神経系や内分泌系の原型もしくは簡易型を持つと考えられる。
- タキキニンは、末端にPhe-Xaa-Gly-Leu-Met-NH2という共通配列を有する9~11個のアミノ酸からなるペプチド。
- 特定の受容体に結合して神経伝達物質やホルモンとして作用を発揮する。
- タキキニンは、熱さ、酸、唐辛子に含まれる辛味成分(カプサイシンなど)による痛みの伝達をはじめ、中枢における神経伝達、炎症、血管拡張、腸の収縮等、多彩な生理作用を有する。
- このような作用を有することから、タキキニンの受容体は、次世代の鎮痛剤、抗がん剤、抗精神病薬などの標的になっている。
- 哺乳類の卵巣にもタキキニンの受容体が分布しているので、タキキニンは卵巣でも何らかの作用を有することが考えられる。
- しかし、哺乳類の性周期が複雑なことや、卵巣中の卵細胞が不均一であることから、卵巣における生理作用は不明だった。
- 前回の研究で、ホヤは真のタキキニンを持つことが示された。
- 今回の研究で、ホヤのタキキニンは、特定の成長段階の卵細胞に作用していくつかのタンパク質分解酵素を活性化することを経て、卵細胞の成長促進に必須の役割があることを突き止めた。
- この成果は、哺乳類の卵巣における生理作用を解明する重要な手がかりになるとともに、タキキニン受容体を標的とした新たな不妊治療薬の開発、他の器官に作用する医薬品の卵巣における副作用の評価、および、食品に含まれる辛味成分の卵巣に対する影響の調査などに大変役に立つことが期待される。
今回の論文
論文表題:A novel biological role of tachykinins as an upregulator of oocyte growth: identification of an evolutionary origin of tachykinergic functions in the ovary of the ascidian, Ciona intestinalis
著者:Aoyama M, Kawada T, Fujie M, Hotta K, Sakai T, Sekiguchi T, Oka K, Satoh N, Satake H.
掲載誌: Endocrinology, 149(9), 4346-4356 (2008) (アメリカ内分泌学誌)
研究成果の概要
動物の摂食、生殖、栄養代謝、血圧調節は、神経ペプチドやホルモンが脳や他の器官からの指令を伝えることによりうまく調節されています。これまでに、このような体の状態を健康に保つ神経ペプチドやホルモンが数多く発見され、どのような役割を担っているか調べられています。タキキニンはこのような生理活性ペプチドの一種で、痛みの伝達、中枢神経における信号の伝達などに関わっていることが知られており、次世代の医薬品開発の有力な標的になっています。しかし、タキキニンが哺乳類の卵巣でどのような作用をしているかは、長年研究されているにもかかわらず、不明なままでした。これは、哺乳類の複雑な性周期や、卵巣中の卵細胞の品質や成長能力が一定でないため、様々な実験を行えなかったり、安定した研究成果を得られなかったことが原因です。
ホヤは海にすむ無脊椎動物ですが、私たちのような背骨を持つ生物と共通の祖先を有すると考えられています。それゆえ、これまでモデル生物として利用されてきた昆虫等と異なり、私たちと類似した神経ペプチドやホルモンペプチドを持っていると予想されました。事実、ホヤは、これまで無脊椎動物から発見されていなかったタキキニンを持っていることが、私たちの以前の研究で明らかになっています。
ホヤのタキキニンは、特定の成長段階にある卵細胞に作用してタンパク質分解酵素を活性化して、卵細胞の成長を促進することを解明したことが今回の大きな研究成果です。この成果から、哺乳類の卵巣における生理作用を突き止めることができ、さらに、不妊治療薬などのタキキニンを標的とする新しい医薬品の開発や他の組織に対する医薬品の卵巣に対する副作用の軽減につながることが期待されます。
- 京都新聞(9月4日 24面)、産経新聞(9月4日 22面)日経産業新聞(9月4日 9面)および読売新聞(9月15日 29面)に掲載されました。