京都大学院農学研究科 左子芳彦 教授、神川龍馬 日本学術振興会特別研究員は筑波大学大学院生命環境科学研究科・計算科学研究センター 稲垣祐司 准教授との共同研究で、タンパク質合成システム進化には遺伝子の細胞間移動(遺伝子の水平伝播)が大きく関わっていることを明らかにしました。
概要
生命の起源を考える上で、タンパク質の合成システムの進化研究は必要不可欠である。筑波大学・京都大学間での共同で行った本研究では、珪藻という日本沿岸域で養殖ノリの色落ちを引き起こし甚大な経済的被害を与える真核微細藻類のゲノム探索およびバイオインフォマティクス、分子生物学を駆使することで、タンパク質合成システム進化には遺伝子の細胞間移動(遺伝子の水平伝播)が大きく関わっていることを明らかにした。本研究は、米アカデミー紀要電子版に5月5日付けで掲載された。
詳細
ウィルスを除いた地球上のすべての生物において、生命を維持するためにはタンパク質を合成し続けることは必要不可欠である。そのためタンパク質合成システムは生物種間で非常に似通っており、その機構および進化には高い関心が寄せられてきた。ペプチド伸長因子1α(EF-1α)はタンパク質合成システムの最も重要なタンパク質の1つであり、分子機能、立体構造等が詳細に研究されてきた。また、EF-1αはすべての真核生物に普遍的に存在すると考えられてきたため、EF-1α遺伝子は真核生物の共通祖先から遺伝してきたものであると考えられている(垂直伝播)。
その一方、幾つかの真核生物種でEF-1αと類似したペプチド伸長因子様タンパク質EF-like (EFL)と呼ばれるタンパク質が同定された。このようなEFLをもつ真核生物ではEF-1αを持たないことから、EFLタンパク質はEF-1αと同じくペプチド伸長機能をもつと推測されているが、EFLを有する生物は真核生物の様々な群に散在していることから、EFL遺伝子やEFLを使用するタンパク質合成システムがどのような進化を辿ってきたのかは謎であった。
著者らはこれまでに真核生物はEF-1αかEFLのどちらか一方のみを持っていることを明らかとしてきた。しかし本研究で、唯一珪藻のみはEF-1αおよびEFLを両方持っている生物であることが明らかとなった(図1)。このため珪藻はタンパク質合成システム進化における中間的な生物であり、タンパク質合成システム進化のモデル生物となりうると考えられる。
図1 真核生物における進化系統樹とペプチド伸長因子EF-1αおよびペプチド伸長因子様(EFL)タンパク質の分布
黒丸:EF-1αを有する生物群, 白丸:EFLを有する生物群, 灰色丸:EF-1αを有する種とEFLを有する種が混在している生物群, 赤丸:1つの種がEF-1αとEFLを両方有している生物群(珪藻)。
EF-1αおよびEFLを両方持っている珪藻は今回解析した種類の大部分を占めていたため、珪藻の祖先で両方持つようになりそれらが現生の珪藻に受け継がれたと考えられる。EF-1α配列に基づく分子系統解析では、珪藻EF-1αは従来考えられてきたように垂直伝播によって獲得されたと考えられた。その一方、EFL配列解析では、珪藻は進化的に遠縁であるリザリア生物群の一部(図1)から水平伝播*2によってEFL遺伝子を獲得し、垂直伝播によるEF-1αと水平伝播によるEFLの両方をゲノム中に保持していることが明らかとなった。さらに注目すべきことに、比較的最近進化したと思われる珪藻のゲノム中にはEFLがなく、EF-1のみであったため、この種ではEFLを捨てた可能性が考えられた(2次的消滅)。すなわち、EFLの進化は「水平伝播」、「垂直伝播」、「2次的消滅」が複雑に絡んだものであることを示唆した(図2)。
図2 珪藻と一般的な生物の進化における遺伝子伝播の違い
灰色:EF-1α遺伝子, 赤:EFL遺伝子, 白抜き:ペプチド伸長機能の消失, 波線:遺伝子が発現している様子を定量的に示したもの。
ここで疑問となるのが、細胞内における2つの同じ機能を有するとされるタンパク質の制御である。細胞内のメッセンジャーRNA(mRNA)と呼ばれるタンパク質の前段階物質を定量的に検出および解析した結果、EF-1αおよびEFLを両方持つ珪藻におけるEF-1αのmRNA量は、極端に減少していた。よって珪藻EF-1αは元々持っていたペプチド伸長機能を行っておらず、逆にmRNA量が多いEFLがその機能を果たしている可能性が示唆された。従って、本来同じ機能を有するEFLとEF-1αタンパク質が、珪藻細胞内ではその役割をそれぞれ分担していると考えられる。タンパク質の機能進化を考える上でも珪藻は貴重な材料となる。
これまでの研究で、EF-1αは細胞内で繰り返しタンパク質合成を行うために別のタンパク質EF-1と相互作用を行う必要があることが分かっている。しかし非常に興味深いことに、本研究において、EFLを持つ生物のゲノム中にはEF-1
が見出されないことが明らかとなった。すなわち、EFLは単独で繰り返しタンパク質合成に関わる「スーパーペプチド伸長因子」である可能性がある。これは試験管内で人工的にタンパク質を合成する際非常に有用なツールとなりうるため、今後実学的な研究もなされるべきであると考える。
これまでEF-1αを中心としたタンパク質合成機構とその進化が研究・モデル化されてきた。しかし、今後はEFLも同様に行われるべきであると考えられ、本研究はその先駆けとなる重要な地位を占めると考えられる。EF-1α・EFL両遺伝子を持つ生物が同定されたのは珪藻類が初めてであり、今後珪藻類細胞を用いることでEFLタンパク質の機能解析を進め、EFLを用いたタンパク質合成系の全貌解明への糸口となると期待できる。
- 京都新聞(5月18日 21面)に掲載されました。