活性酸素の精子幹細胞に対する増殖促進作用を解明

活性酸素の精子幹細胞に対する増殖促進作用を解明

2013年6月7日


左から篠原教授、森本研究員

 篠原隆司 医学研究科教授、森本裕子 同研究員、矢部千尋 京都府立医科大学教授、小倉淳郎 理化学研究所バイオリソースセンター室長、森本剛 近畿大学教授らのグループの共同研究で、精子幹細胞の自己複製分裂に活性酸素が関与することを発見しました。この結果は活性酸素の欠如が男性不妊症の原因になりうる可能性を示唆するとともに、不妊治療や細胞の保存技術等の技術開発に役立つと考えられます。

 本研究成果は、2013年6月6日正午(米国東部時間)発行の科学誌「Cell Stem Cell」に掲載されました。 

背景

 活性酸素とはO2-、H2O2、HO・などの原子状態が不安定であるために化学反応性が高い酸素分子の総称です。体内に入った酸素は体の中でエネルギーを生み出す過程で、その一部がこうした反応性の高い活性化型の酸素に変化します。できあがった活性酸素は細胞内の情報を伝達するメッセンジャーとしての役割をもつとともに、その制御の異常は細胞膜に損傷を与え、細胞内の酵素を不活性化し、DNAの断片化を誘導します。そのため活性酸素はアルツハイマー病などの変成疾患を引き起こすのみならず、老化やがんの誘因として重要な役割を担っていると考えられています。

 生殖細胞においては、活性酸素による酸化ストレスは発生過程の卵子の染色体異常や受精後の細胞死に関与することが知られていました。特に雄の生殖細胞では成熟した精子を含め、さまざまなステージの精子形成細胞にダメージを与え、男性不妊症を引き起こすことがこれまでの動物実験で明らかになっています。精子形成の源には幹細胞があり、この精子幹細胞は雄の一生にわたり分裂を続けていく特別な能力を持っています。これまでの研究で活性酸素は精子幹細胞に毒性をもち、細胞死を引き起こすと考えられていました。

研究手法・成果

 活性酸素の低下は試験管内で培養された精子幹細胞の増殖を抑制するのみならず、適度な量の過酸化水素の添加は幹細胞の増殖を促進する作用をもち、過酸化酸素で長期間培養された幹細胞からは正常な産子を得ることができました。生体内においても活性酸素の低下は精原細胞の増殖低下をおこし、活性酸素の産生に寄与するNADPH oxidase1(NOX1)分子欠損マウスでは幹細胞の自己複製能力が著しく低下していることが分かりました。


図は活性酸素レベルが精子幹細胞の運命決定に与える影響を示す。これまでは活性酸素は精子幹細胞の増殖を抑制するものだと考えられていたが、今回の成果により適度な量の活性酸素の量が精子幹細胞の生存と自己複製分裂に必要だということが明らかになった。

波及効果

 これまで活性酸素は精子の運動率や機能を低下させる作用があることが知られており、男性不妊症の原因の一つとして考えられていました。今回の研究成果は活性酸素の低下が精子を作るもととなる幹細胞の増殖を低下させる作用があるということを明らかにしました。このため、不妊男性の活性酸素を低下させると幹細胞の能力が低下し、必ずしも精子形成全体には良い影響があるとは言えないことを示唆します。その点で今回の成果は不妊患者への治療のあり方を幹細胞のレベルから新たに見直す必要があることを示唆するものです。

用語解説

Nox1

NADPHからO2に一電子を与えることによりO2-を生じる酵素。

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1016/j.stem.2013.04.001

[KURENAIアクセスURL] http://hdl.handle.net/2433/174345

Morimoto Hiroko, Iwata Kazumi, Ogonuki Narumi, Inoue Kimiko, Ogura Atsuo, Kanatsu-Shinohara Mito, Morimoto Takeshi, Yabe-Nishimura Chihiro, Shinohara Takashi.
ROS Are Required for Mouse Spermatogonial Stem Cell Self-Renewal.
Cell Stem Cell, Volume 12, Issue 6, 6 June 2013, Pages 774–786

 

  • 朝日新聞(6月13日 28面)、京都新聞(6月7日 26面)、産経新聞(6月7日 26面)、中日新聞(6月7日 29面)、日刊工業新聞(6月7日 23面)、日本経済新聞(6月7日 38面)、毎日新聞(6月7日 25面)、読売新聞(6月7日 35面)および科学新聞(7月5日 2面)に掲載されました。