2023年秋号
研究室でねほりはほり
若宮淳志
化学研究所 教授
気候変動の原因となる温室効果ガスの排出、いずれやってくる化石燃料の枯渇などの課題に直面するエネルギー・資源問題。化石燃料に代わる新たなエネルギーとして期待されるのが、太陽光をエネルギー源とするペロブスカイト太陽電池だ。薄くて軽くて、曲げられて、曇りの日や朝夕の弱い光でも発電可能。凸凹した斜面、災害時のテント、スマートフォンや腕時計など、どんなものでも電源として利用できる可能性が期待されている。「どこでも電源®」を実現し、未来のエネルギー社会の変革を目指す若宮教授に、研究の現在地を訊いた。
地球規模の気候変動問題を解決するべく、世界的に動きが加速するカーボンニュートラル。実現の主軸となるのが、太陽光や風力などを利用した再生可能エネルギーだ。日本では、2050年に使用電力の50%を再生可能エネルギーにすることを目指し、様々な取り組みが推進されている。
なかでも、大きな期待が寄せられるのがペロブスカイト太陽電池。「フィルムや薄いガラスの上に、ペロブスカイト結晶構造を持つ化合物を塗布した太陽電池で、薄くて軽くて、ぐにゃりと曲げることもできる。さらに、太陽光をエネルギーに変換する発電効率も高いのです」。そう語るのは、第一線で研究を進める若宮教授だ。
再生可能エネルギーの普及に向けて、日本各地に大型のシリコン型太陽電池が設置されているが、もともと日本は平地の少ない地形。既に国内の適地にはほぼ設置済みだという。「その他の広い場所といえば、工場の屋根やビルの壁面、凸凹した斜面など。2022年の日本の再エネ比率は約20%で、目標の半数に到達するにはこうした場所をどう利用するかが焦点。薄くて曲げられるペロブスカイト太陽電池は、その突破口になるはずです」。
若宮教授と太陽電池との関わりは、2010年に遡る。それまで勤めていた名古屋大学を離れ、母校である京都大学への着任が決まっていた。「心機一転、新たな課題に挑戦したかったのです。このときの私は35歳。残り30年の研究人生をどんな思いで過ごせれば、悔いなく終えられるだろうか。そう考えたとき、〈人のためになることをしたい〉と思ったのですね」。
頭をよぎったのはエネルギー・資源問題。若宮教授が専門とする有機化学は、材料の合成時に石炭や石油由来の試薬を使うことが多い。「将来、化石燃料が枯渇すれば、『有機化学ってなに?』と、この分野が忘れられる世界になるかもしれません。そうした面からも、石油に代わるエネルギーへの貢献は、私が取り組むべき仕事だと」。
そうして次世代太陽電池の研究を進めていた2012年に登場したのが、ペロブスカイト太陽電池だった。材料を塗布してものの数十秒で膜ができあがる手早さに衝撃を受け、可能性を感じたという。「しかし、あまりに再現性が低かったのです。同じ人が同じ条件で作っても、同じ発電効率が得られない。ときには発電効率ゼロの電池ができることもあり、世界中の研究者が頭を悩ませていました」。
従来、電池材料の開発は無機化学の範疇。無機化学の世界では、高温での焼成が材料作製の主流で、液体を塗布するペロブスカイトはややイレギュラー。「一方で有機化学の分野は、液体を使う技術に長けています。空気に少し触れただけで性質の変わる、繊細な試料の扱いもお手のもの。有機化学の視点を持ち込んで、いろいろな条件で実験しました」。
鍵となったのは、基本材料であるヨウ化鉛に含まれていた水分だった。「高純度で不純物がないはずのヨウ化鉛を使っているのに、なぜか溶液に溶けきらなかった。一つひとつ原因を潰すように実験するなかで、有機化学の手法で脱水してみると、なんと試験管の中に水滴が現れたのです」。というのも、ヨウ化鉛は主に無機化学で使われる材料。焼成が中心の無機化学の世界では、作製過程で蒸発する水分はあってないようなものだった。「ですから、水分は不純物扱いをされず、純度表記にも記載されないのです。『高純度だから大丈夫』という前提を疑ったこと、そして分野が違う私たちの技術だからこその発見でした」。
脱水したヨウ化鉛で作った電池は、当時のペロブスカイト太陽電池最大の発電効率である13%を実現。安定性もクリアした。「『これはすごい』と、競争相手も含めた世界中の研究仲間に送りました。そのときのものすごい反響は忘れられません。今ではペロブスカイト太陽電池の標準材料です。特許を取得して、京都大学の知的財産として貢献しています」。
その後も、ペロブスカイト太陽電池の改良・改善につながる発見を重ねてきた若宮教授。「目指すゴールまでは、あと3割くらい。残すところは社会実装です」。2018年に京都大学の支援を受けて、大学時代の同級生だった加藤尚哉さんとともに、株式会社エネコートテクノロジーズを創業。大量生産に向けた製造スピードの改良など、実用化にあたっての課題を中心に、38名のスタッフが技術開発を推し進める。
実用化に向けて着実に歩むかたわら、大学では「〈クレイジー〉な研究を」と意気込む。「理屈で考えると、こじんまりとしたものにしかなりません。遊び心を持って結果を眺めて、思いつきを試してみる。そうして生まれた新しい発見を、次のステップに連れていくのが私の役割です」。
そんな若宮教授が挑戦するのは「鉛フリー」の材料作製。昨今、人体への影響を懸念して、ヨーロッパを中心に鉛の使用や輸入が規制されつつある。若宮教授のもとにも、「鉛フリー」の太陽電池への要望が届くのだという。「私たちが使うのは
大学教授とCSOという二足の草鞋を履き、忙しい日々を送る若宮教授。しかし、どんなに忙しくても、ラボに足を運ぶ時間は惜しまない。「私は現場主義です。現象をこの目で見なければ、研究は始まりません」。実験の現場で生まれる「なぜだろう」を前に、謎をひも解く時間こそが、若宮教授にとって研究の醍醐味だ。「研究は思い通りにいきません。恩師の小松紘一先生から言われたのは『実験に失敗はない』。仮説とは違う結果が出たのなら、それはそういう現象だと素直に受け取ることがスタート。現象を前に、材料や化合物と会話するのが実験化学です。この先もたくさんの予想外に出会えることが楽しみです」。
シリコン太陽電池 | 従来型 | 長所 |
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短所 |
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ペロブスカイト太陽電池 | 次世代 | 長所 |
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短所 |
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わかみや・あつし
1974年、三重県に生まれる。京都大学大学院工学研究科博士後期課程修了。名古屋大学大学院理学研究科助手、同大学物質科学国際研究センター助教、京都大学化学研究所准教授などを経て、2018年から現職。株式会社エネコートテクノロジーズの取締役と最高科学責任者(CSO)を務める。
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