2021年秋号
京都大学をささえる人びと
西川浩次さん
農学研究科/附属農場 専門員
温室栽培によって旬を問わず野菜が手に入る便利さの一方で、暖房設備から排出される二酸化炭素は大きな環境負荷をもたらす。京都大学大学院農学研究科附属農場(以下、京大農場)は、環境負荷を低減する循環型の農業技術の開発・実証の拠点として、教育・研究活動に貢献している。地球環境問題、人口増加、地産地消、食育など、農業への注目が高まるなか、京大農場では、次世代型の農業技術が日々模索されている。
丸々とした新タマネギに、みずみずしくはちきれそうなアスパラガス。農場内の販売所に並ぶ野菜を前に、「うまいですよ!」と太鼓判を押すのは、京大農場で蔬菜班の班長を務める西川浩次さん。
JR木津駅から東へ歩いて20分。坂道を登り続けた先に広がる京大農場は、甲子園球場18個分ほどの広大な土地に、水田や畑地、果樹園、温室などが並ぶ。太陽光パネルや、施設から排出された二酸化炭素を光合成に利用するトリジェネレーションシステムなど、最先端の技術が駆使されている。
西川さんが研究者とともに取り組むのは、無暖房の温室での冬場のトマト栽培。温室の資材や造りを工夫して保温性を高めるだけでなく、トマトそのものに低温に強い性質を与えることで「冬期無暖房栽培」を実現できると考えた。鍵を握るのは、京大農場で20年ほど前から開発を続けている単為結果性の品種「京てまり」だ。「花粉は気温が12度を下回ると死んでしまう。だから冬場は実がならないのです。単為結果性のトマトはそもそも受粉が必要ないので、低温でも実を付けられます」。
冬期無暖房栽培は、環境への負荷が少ないだけでなく、大規模な暖房設備の導入が難しい生産者にとっては、冬のトマト栽培に参入する糸口になる。「トマトは、夏は暑さで体力を消耗しますが、寒い時期は時間をかけて熟すので、夏よりも糖度がわずかに高いのです。冬のトマト栽培は単価が高く、よい商売になるんちゃうかな」。生産・流通できるまでにはいくつもの課題があるものの、「栽培できる」という実証段階までにはもう二工夫というところ。「どこに言うても恥ずかしくない、私たちが胸を張れる仕事の一つです」。
西川さんが「京てまり」と出会ったのは蔬菜班に移った20年前。栽培方法は現在ほど確立していなかった。開発を始めた矢澤進先生の「好きにしてみ」という言葉に背中を押され、他の蔬菜の栽培本で得た知識も試すなど、あらゆる方法に挑戦。一つ上手くいくと「ようがんばった」とほめてもらえたことが、次の課題に挑む原動力になった。「長年トマトに向き合っていると表情が見えてきます。私が育てるトマトはたいてい『水をくれ』という顔をする。私は『我慢せい』と返して、甘くなるように水やりは控えめにします(笑)。一瞬一瞬で変わるトマトの表情を見逃せない仕事です」。
今では他分野の技術職員にも「トマトといえば西川さん」で知られている。それでも、「まだ20回しか栽培していない」と自身に言い聞かせるようなその言葉に自然相手の難しさがにじみ出る。「土の状態、気温、気候などは年ごとに違う。経験の蓄積を利用できないこともあります」。失敗したら栽培日記を見返し、温度管理、肥料や水の量など、考えられる原因を徹底的に分析して来年の対策を練る。
「トマト栽培はとことん極めます」と目を輝かせる一方で、ベテラン職員として様々な学会や研究発表会に出向き、農場の活動や実績の発信を続けている。「私はいわば広報部。少しでも多くの人が農場に興味を示してくれたらモチベーションも上がります。新しいアイデアをもらえたら儲けもの。私たちの研究は農家の方にすぐに役立つものではありません。けれど、大学農場だからこそ『最先端の農業技術ではこんなことができる』と世間に発信できるのです」。次世代の農業を作り出すのは日々の地道な努力の積み重ね。京大農場では、農業の未来を見据えて今日も試行錯誤が続く。
にしかわ・こうじ
1971年、滋賀県生まれ。「平成25年度全国大学農場技術賞」受賞。
>> 農学研究科附属農場